21 / 35
第5部 慟哭のアヌビス
#5 彼女の瞳の中の傷
しおりを挟む
寝癖のついた頭で小田切が出勤していってから、ほどなくしてのことだった。
インターホンが鳴ったので、居間の壁の監視カメラの画像に目をやると、玄関先に榊由羅が立っていた。
杏里ははやる心を抑えてドアを開けた。
「由羅・・・。ほんとに来てくれたんだ」
「こっちも引越しが終わったんでね」
ブーツを脱ぎながら、由羅がいった。
蝙蝠の翼のような髪型。
シャドウで縁取られた鋭い眼。
ハート型の白い小さな顔。
パンクファッションを思わせる黒い革の胴着を、素肌の上にじかに着込んでいる。
ボトムも黒の革のミニスカートで統一していた。
「まだ、痛むか?」
ブーツを脱ぎ、居間に上がると、杏里の前に突っ立ったまま、訊いた。
「ううん」
杏里は首をふった。
「心配いらない。だいぶよくなったから」
「うそつけ」
由羅が、冷蔵庫から飲み物を取り出そうとして、身体を動かしかけた杏里の肩をつかんだ。
「辛そうじゃないか。いつもより治りが遅い。もう、2週間以上経ってるのに」
「だって・・・」
杏里は泣き笑いのような表情を顔に浮かべて、由羅を見上げた。
「私、両手両脚を引きちぎられたんだよ。生きてるのが、自分でも不思議なくらい」
「すまない」
由羅が頭を下げた。
あの事件以来、ふたりっきりで会うのはこれが初めてだ。
由羅が杏里に詫びるというのも、いつにないことだった。
「うちが下手を打ったばっかりに」
悔しげに唇を歪める。
由羅のほうが、泣き出しそうな様子をしていた。
「由羅のせいじゃないよ」
杏里はできるだけ軽い口調に聞こえるように、いった。
「零は初めから私を狙ってたんだから、仕方なかったんだよ」
「いや・・・」
由羅が苦しげにつぶやいた。
「うちが情けなかったんだ。タナトスを守るのも、パトスの役割だったのに、おまえを・・・」
「それ以上、いわなくていいよ」
杏里はそっと由羅の胸に手を置いた。
「わかってるから。由羅は私みたいなタイプ、苦手なんだって。こうしてふたりでいるだけで、息苦しくなるんでしょ? 私って、なんだかべたべたしてて、オンナを武器にしてるみたいな、そんな感じがするんでしょ? いくらタナトスだからって、嫌だなって、そう思ってるんでしょ?」
しゃべっているうちに、悲しくなってきた。
おそらくそれは事実なのだ、と思う。
これまでの由羅の言動からすると、そういうことになる。
由羅と杏里は、パトスとタナトスという、対外来種用のパートナーだ。
だが、"任務"をいったん離れると、その思いはおそらく一方通行なのだ。
以前より優しくなったとはいえ、杏里からしてみれば、由羅の心は果てしなく遠い。
「バカだな。今はそんなことぐずぐずいってる場合じゃない」
由羅が目を怒らせ、怒ったようにいった。
「そんなこと・・・? 相変らずひどいね」
杏里が傷ついた表情を見せる。
「違うんだ」
由羅は明らかにいらだっていた。
「何が違うの?」
杏里がすねたような口調になる。
「由羅は私が嫌い。以上、証明、終わり」
「バカやろう! うちが何しにきたと思ってるんだ」
「何しにきたの? 単なるお見舞い? それとも興味本位の様子見?」
杏里は自分がだんだん意固地になってくるのを感じていた。
由羅には冬美という恋人がいる。
杏里には太刀打ちできない大人の女だ。
そう思うと、はらわたが煮えくり返る思いだった。
「脱げよ」
いきなり、由羅がいった。
「全部脱いで、裸になれ」
「え・・・?」
「タナトスは、パトスの肉体的損傷を癒す。つまり、うちと肌を合わせることで、おまえの治癒力は活性化するってことだ。うちはどこも怪我していないから、おそらく今触れ合えば、その治癒力はおまえの身体のほうに作用するはずだ」
由羅が胴着の前の紐をほどいた。
裸の胸が現れた。
ほどよくふくらんだ乳房。
可愛らしいピンク色の乳首。
スカートを下に落として、小さなビキニパンティだけの姿になった。
杏里のブラウスに手を伸ばし、ボタンをはずす。
ブラジャーをずらすと、たわわに実ったふたつの豊かな乳房がこぼれ出た。
だが、以前と違うのは、乳房のあちこちに赤い痣が残っていることである。
黒野零に『乳房粉砕器』で拷問された跡だった。
杏里の乳房は、あのとき、ずたずたになるまで引き裂かれてしまったのだ。
「くそ」
その痛々しい傷跡から目をそらし、由羅がうめいた。
「こんなひどいこと、しやがって…」
「ほんとに、いいの?」
おそるおそる、杏里は訊いた。
由羅の気まぐれには、今まで何度も煮え湯を飲まされてきている。
こっちをその気にさせておいて、肝心のところでひょいと身をかわす。
それがこれまでの彼女の常套手段だったのである。
「ああ、もちろんだ。だけど、勘違いするんじゃないぞ」
由羅が相変らず、怒っているような口調でいった。
「これは、おまえの身体を元に戻すためにやるんだ。好きとか、愛してるとか、そういうのじゃ・・・」
「いいよ、そんなこと、どうでも」
杏里の瞳に力が宿った。
震える手で、ブラウスを脱ぎ捨て、スカートのファスナーを下ろす。
まろやかな裸身が現れた。
きめの細かい真っ白な肌。
だが、よく見ると、皮膚を切り貼りしたような無数の傷痕が全身に走っていた。
「来て」
由羅の手を取って、杏里はいった。
触れ合った掌から、早くも治癒液が滲み出してきていた。
パトスの肌に触れると、タナトスは傷を修正するための体液を分泌し始める。
そういうふうにつくられているのだった。
「抱いてください」
杏里の瞳から、涙がひと筋、こぼれた。
「私のこと、嫌いでもいい。だから」
寝室に入るなり、由羅が裸の杏里を抱き締めた。
甘い吐息を漏らし、杏里はゆっくりと濡れ始めた。
インターホンが鳴ったので、居間の壁の監視カメラの画像に目をやると、玄関先に榊由羅が立っていた。
杏里ははやる心を抑えてドアを開けた。
「由羅・・・。ほんとに来てくれたんだ」
「こっちも引越しが終わったんでね」
ブーツを脱ぎながら、由羅がいった。
蝙蝠の翼のような髪型。
シャドウで縁取られた鋭い眼。
ハート型の白い小さな顔。
パンクファッションを思わせる黒い革の胴着を、素肌の上にじかに着込んでいる。
ボトムも黒の革のミニスカートで統一していた。
「まだ、痛むか?」
ブーツを脱ぎ、居間に上がると、杏里の前に突っ立ったまま、訊いた。
「ううん」
杏里は首をふった。
「心配いらない。だいぶよくなったから」
「うそつけ」
由羅が、冷蔵庫から飲み物を取り出そうとして、身体を動かしかけた杏里の肩をつかんだ。
「辛そうじゃないか。いつもより治りが遅い。もう、2週間以上経ってるのに」
「だって・・・」
杏里は泣き笑いのような表情を顔に浮かべて、由羅を見上げた。
「私、両手両脚を引きちぎられたんだよ。生きてるのが、自分でも不思議なくらい」
「すまない」
由羅が頭を下げた。
あの事件以来、ふたりっきりで会うのはこれが初めてだ。
由羅が杏里に詫びるというのも、いつにないことだった。
「うちが下手を打ったばっかりに」
悔しげに唇を歪める。
由羅のほうが、泣き出しそうな様子をしていた。
「由羅のせいじゃないよ」
杏里はできるだけ軽い口調に聞こえるように、いった。
「零は初めから私を狙ってたんだから、仕方なかったんだよ」
「いや・・・」
由羅が苦しげにつぶやいた。
「うちが情けなかったんだ。タナトスを守るのも、パトスの役割だったのに、おまえを・・・」
「それ以上、いわなくていいよ」
杏里はそっと由羅の胸に手を置いた。
「わかってるから。由羅は私みたいなタイプ、苦手なんだって。こうしてふたりでいるだけで、息苦しくなるんでしょ? 私って、なんだかべたべたしてて、オンナを武器にしてるみたいな、そんな感じがするんでしょ? いくらタナトスだからって、嫌だなって、そう思ってるんでしょ?」
しゃべっているうちに、悲しくなってきた。
おそらくそれは事実なのだ、と思う。
これまでの由羅の言動からすると、そういうことになる。
由羅と杏里は、パトスとタナトスという、対外来種用のパートナーだ。
だが、"任務"をいったん離れると、その思いはおそらく一方通行なのだ。
以前より優しくなったとはいえ、杏里からしてみれば、由羅の心は果てしなく遠い。
「バカだな。今はそんなことぐずぐずいってる場合じゃない」
由羅が目を怒らせ、怒ったようにいった。
「そんなこと・・・? 相変らずひどいね」
杏里が傷ついた表情を見せる。
「違うんだ」
由羅は明らかにいらだっていた。
「何が違うの?」
杏里がすねたような口調になる。
「由羅は私が嫌い。以上、証明、終わり」
「バカやろう! うちが何しにきたと思ってるんだ」
「何しにきたの? 単なるお見舞い? それとも興味本位の様子見?」
杏里は自分がだんだん意固地になってくるのを感じていた。
由羅には冬美という恋人がいる。
杏里には太刀打ちできない大人の女だ。
そう思うと、はらわたが煮えくり返る思いだった。
「脱げよ」
いきなり、由羅がいった。
「全部脱いで、裸になれ」
「え・・・?」
「タナトスは、パトスの肉体的損傷を癒す。つまり、うちと肌を合わせることで、おまえの治癒力は活性化するってことだ。うちはどこも怪我していないから、おそらく今触れ合えば、その治癒力はおまえの身体のほうに作用するはずだ」
由羅が胴着の前の紐をほどいた。
裸の胸が現れた。
ほどよくふくらんだ乳房。
可愛らしいピンク色の乳首。
スカートを下に落として、小さなビキニパンティだけの姿になった。
杏里のブラウスに手を伸ばし、ボタンをはずす。
ブラジャーをずらすと、たわわに実ったふたつの豊かな乳房がこぼれ出た。
だが、以前と違うのは、乳房のあちこちに赤い痣が残っていることである。
黒野零に『乳房粉砕器』で拷問された跡だった。
杏里の乳房は、あのとき、ずたずたになるまで引き裂かれてしまったのだ。
「くそ」
その痛々しい傷跡から目をそらし、由羅がうめいた。
「こんなひどいこと、しやがって…」
「ほんとに、いいの?」
おそるおそる、杏里は訊いた。
由羅の気まぐれには、今まで何度も煮え湯を飲まされてきている。
こっちをその気にさせておいて、肝心のところでひょいと身をかわす。
それがこれまでの彼女の常套手段だったのである。
「ああ、もちろんだ。だけど、勘違いするんじゃないぞ」
由羅が相変らず、怒っているような口調でいった。
「これは、おまえの身体を元に戻すためにやるんだ。好きとか、愛してるとか、そういうのじゃ・・・」
「いいよ、そんなこと、どうでも」
杏里の瞳に力が宿った。
震える手で、ブラウスを脱ぎ捨て、スカートのファスナーを下ろす。
まろやかな裸身が現れた。
きめの細かい真っ白な肌。
だが、よく見ると、皮膚を切り貼りしたような無数の傷痕が全身に走っていた。
「来て」
由羅の手を取って、杏里はいった。
触れ合った掌から、早くも治癒液が滲み出してきていた。
パトスの肌に触れると、タナトスは傷を修正するための体液を分泌し始める。
そういうふうにつくられているのだった。
「抱いてください」
杏里の瞳から、涙がひと筋、こぼれた。
「私のこと、嫌いでもいい。だから」
寝室に入るなり、由羅が裸の杏里を抱き締めた。
甘い吐息を漏らし、杏里はゆっくりと濡れ始めた。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
勇気と巫女の八大地獄巡り
主道 学
ホラー
死者を弔うために地獄を旅する巫女と、罪を犯して死んだ妹を探すために地獄マニアの勇気が一緒に旅をする。
勇気リンリンの地獄巡り。
ホラーテイスト&純愛ラブストーリーです。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ショクザイのヤギ
煤原
ホラー
何でも屋を営む粟島は、とある依頼を受け山に入った。そこで珍妙な生き物に襲われ、マシロと名乗る男に助けられる。
後日あらためて山に登った粟島は、依頼を達成するべくマシロと共に山中を進む。そこにはたしかに、依頼されたのと同じ特徴を備えた“何か”が跳ねていた。
「あれが……ツチノコ?」
◇ ◆ ◇
因習ホラーのつもりで書き進めていたのに、気付けばジビエ料理を作っていました。
ホラーらしい覆せない理不尽はありますが、友情をトッピングして最後はハッピーエンドです。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる