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第5部 慟哭のアヌビス
#4 我が心の中の闇
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「まだ痛むか」
大儀そうにテーブルに着いた杏里に、新聞からちらと視線を上げて、小田切勇次が訊いた。
「ううん、痛みはそれほどでもないけど」
椅子を引いて、杏里は小さくため息をついた。
「身体が思うように動かなくて」
テーブルの上には、帰宅途中に小田切が買ってきたコンビに弁当が並んでいる。
早くよくなって、自分でつくらなきゃ。
割り箸を手許に引き寄せながら、杏里は思う。
いつまでもこんな夕食じゃ、私だけでなく、勇次の身体にも悪い。
「無理するな」
新聞に視線を戻し、小田切がいった。
「今回のは、ちょっと酷すぎたからな。いくらおまえがタナトスでも、よく保(も)ったと思う」
半月ほど前。
杏里は、雌の"外来種"、黒野零が仕掛けた罠に嵌り、凄絶な拷問の数々を受けた。
鉄の棒で身体を串刺しにされた挙句、手足をつけ根から引きちぎられたのである。
危うく断頭台で首をはねられかけたところを由羅に助けられたのだが、被ったダメージは甚大だった。
特に手足の癒着は困難を極めた。
4本同時に接合するのはほとんど至難の業といえた。
由羅が杏里を救出するときにパーツも一緒に回収してきてくれなかったら、もっと大変なことになっていたと思う。
新たな四肢が生えそろうまで、達磨のような姿のまま何年も過ごさねばならないところだったのだ。
「重人も助けてくれたしね」
"ヒュプノス"、栗栖重人にも感謝している。
拷問の悪夢が脳裏を去らず、不眠症に陥りかけていた杏里を、重人の催眠能力が救ってくれたのである。
由羅といい、重人といい、私は仲間に恵まれている、
今になって、杏里はつくづくそう感じるようになっていた。
「ただ、気になるのは、おまえたちを嵌めたという、その黒野零という外来種だな」
禁煙パイプをくわえて小田切がつぶやいた。
「零は、死んだんでしょ?」
杏里は、ごろりと転がった零の首を思い出した。
長い髪に巻かれた、日本人形を思わせる真っ白な首。
いくらホモ・サピエンスを凌駕する生命力を誇る超生物でも・・・。
あれで生きていられるはずがない、
「由羅の話では、ギロチンで首をはねられたということだったが・・・。死体がなかったんだよ」
小田切が、杏里から顔を背けたまま、いった。
「・・・それ、どういうこと?」
「警察内部の者に当時の状況を詳しく調べてもらったんだが、未だ零の頭部も胴体も見つかってないんだ」
杏里は背筋に悪寒が走るのを覚えた。
あの狂った娘が、まだ生きている・・・?
「あれ以来、零は学校にも登校していない。だから、行方不明者1名、ということになっている」
そうなのだ。
2年1組の生徒たちは、"昇華"の過程で記憶がすべて消えているはずだから、杏里があそこにいたことを知る者は誰もいない。
由羅に助け出され、小田切たち"トレーナー"の手によって篠崎医院に運び込まれた杏里は、体調不良でしばらく欠席すると学校に届けを出されていた。
もとより教育委員会はタナトスの存在を知っている。
だから、その後杏里が一度も登校することなく転校しても、マスコミは追ってこなかった。
"機関"の命を受けた教育委員会が、杏里の存在をもみ消してしまったからである。
つまり、ニュースでいっていた行方不明者とは、杏里のことではなく、黒野零のことだったのだ。
「おまえが全快するまで、ここを嗅ぎつけられないことを祈るしかないな」
ぼそりと、陰気な口調で小田切がいった。
杏里は箸を置き、かすかに肩を震わせた。
すっかり食欲がなくなってしまったのだった。
ふっくらとした、やわらかそうなふくらみを、申し訳程度の布切れが覆っている。
彼の震える手が、その布切れをむしりとる。
指が乳房に触れる。
弾力のある皮膚に、尖った爪が食い込んだ。
傷口から、玉のような血がぷっくりと膨れ上がる。
めちゃくちゃにしてやりたかった。
このやわらかな肉を両手で握りつぶし、引きちぎり、喰ってしまいたい・・・。
杏里は切なげに目を閉じている。
彼を誘うように、ミニスカートの股を開いている。
下は、何も穿いていなかった。
ピンクの奇麗な肉の丘に、少しだけ割れ目が覗いている。
乳房をもみくちゃにしながら、彼はその割れ目に己の肉棒を近づけていった。
先端が今しもそこに触れようとしたとき、ふいに目が覚めた。
彼ははじかれたように、蒲団の上に身を起こした。
全身、気味の悪い汗でぐっしょりと濡れそぼっている。
狂ったように周囲を見回した。
自分の部屋だった。
月明かりが、夜の闇の中に、見慣れた机や本棚をぼんやり浮かびあがらせている。
夢・・・。
彼はゆるゆると首を振った。
なんだ、今のは・・・。
喉の奥からかすかな呻き声が漏れる。
僕は、何を考えている・・・?
あれは、杏里だった。
あんな、優しい、いい子を・・・僕は・・・。
パジャマの非常口から、かちかちになったペニスが飛び出していた。
少し触るだけで射精しそうなくらい、硬く太く猛り立っている。
くそ。
思わず唇を噛みしめた。
僕の身体は、いったいどうなっている?
これは、彼女への冒涜だ・・・。
「こんなものが、あるから・・・」
彼は憎悪を込めて己のペニスをつかんだ。
「こんなものがあるから、いけないんだ・・・」
そのとき、彼は気づいた。
ペニスをつかんだ右手の指が、松の木の枝のように節くれ立ち、奇妙な形に折れ曲がっている。
いつのまにか、親指と人差指、そして中指が異様に長くなり、他の2本が退化してしまっていた。
変形し始めているのだ。
顔だけでなく、ほかの部分にも、奇形が広まり始めている・・・。
杏里に遭ってしまったせいだろうか。
恐怖の中で、彼は思った。
彼女との出会いが、何かを加速させてしまったのか。
彼は絶望のあまり、泣いた。
ふと見ると、窓ガラスに、鰐そっくりの巨大な爬虫類の頭部が映っていた。
大儀そうにテーブルに着いた杏里に、新聞からちらと視線を上げて、小田切勇次が訊いた。
「ううん、痛みはそれほどでもないけど」
椅子を引いて、杏里は小さくため息をついた。
「身体が思うように動かなくて」
テーブルの上には、帰宅途中に小田切が買ってきたコンビに弁当が並んでいる。
早くよくなって、自分でつくらなきゃ。
割り箸を手許に引き寄せながら、杏里は思う。
いつまでもこんな夕食じゃ、私だけでなく、勇次の身体にも悪い。
「無理するな」
新聞に視線を戻し、小田切がいった。
「今回のは、ちょっと酷すぎたからな。いくらおまえがタナトスでも、よく保(も)ったと思う」
半月ほど前。
杏里は、雌の"外来種"、黒野零が仕掛けた罠に嵌り、凄絶な拷問の数々を受けた。
鉄の棒で身体を串刺しにされた挙句、手足をつけ根から引きちぎられたのである。
危うく断頭台で首をはねられかけたところを由羅に助けられたのだが、被ったダメージは甚大だった。
特に手足の癒着は困難を極めた。
4本同時に接合するのはほとんど至難の業といえた。
由羅が杏里を救出するときにパーツも一緒に回収してきてくれなかったら、もっと大変なことになっていたと思う。
新たな四肢が生えそろうまで、達磨のような姿のまま何年も過ごさねばならないところだったのだ。
「重人も助けてくれたしね」
"ヒュプノス"、栗栖重人にも感謝している。
拷問の悪夢が脳裏を去らず、不眠症に陥りかけていた杏里を、重人の催眠能力が救ってくれたのである。
由羅といい、重人といい、私は仲間に恵まれている、
今になって、杏里はつくづくそう感じるようになっていた。
「ただ、気になるのは、おまえたちを嵌めたという、その黒野零という外来種だな」
禁煙パイプをくわえて小田切がつぶやいた。
「零は、死んだんでしょ?」
杏里は、ごろりと転がった零の首を思い出した。
長い髪に巻かれた、日本人形を思わせる真っ白な首。
いくらホモ・サピエンスを凌駕する生命力を誇る超生物でも・・・。
あれで生きていられるはずがない、
「由羅の話では、ギロチンで首をはねられたということだったが・・・。死体がなかったんだよ」
小田切が、杏里から顔を背けたまま、いった。
「・・・それ、どういうこと?」
「警察内部の者に当時の状況を詳しく調べてもらったんだが、未だ零の頭部も胴体も見つかってないんだ」
杏里は背筋に悪寒が走るのを覚えた。
あの狂った娘が、まだ生きている・・・?
「あれ以来、零は学校にも登校していない。だから、行方不明者1名、ということになっている」
そうなのだ。
2年1組の生徒たちは、"昇華"の過程で記憶がすべて消えているはずだから、杏里があそこにいたことを知る者は誰もいない。
由羅に助け出され、小田切たち"トレーナー"の手によって篠崎医院に運び込まれた杏里は、体調不良でしばらく欠席すると学校に届けを出されていた。
もとより教育委員会はタナトスの存在を知っている。
だから、その後杏里が一度も登校することなく転校しても、マスコミは追ってこなかった。
"機関"の命を受けた教育委員会が、杏里の存在をもみ消してしまったからである。
つまり、ニュースでいっていた行方不明者とは、杏里のことではなく、黒野零のことだったのだ。
「おまえが全快するまで、ここを嗅ぎつけられないことを祈るしかないな」
ぼそりと、陰気な口調で小田切がいった。
杏里は箸を置き、かすかに肩を震わせた。
すっかり食欲がなくなってしまったのだった。
ふっくらとした、やわらかそうなふくらみを、申し訳程度の布切れが覆っている。
彼の震える手が、その布切れをむしりとる。
指が乳房に触れる。
弾力のある皮膚に、尖った爪が食い込んだ。
傷口から、玉のような血がぷっくりと膨れ上がる。
めちゃくちゃにしてやりたかった。
このやわらかな肉を両手で握りつぶし、引きちぎり、喰ってしまいたい・・・。
杏里は切なげに目を閉じている。
彼を誘うように、ミニスカートの股を開いている。
下は、何も穿いていなかった。
ピンクの奇麗な肉の丘に、少しだけ割れ目が覗いている。
乳房をもみくちゃにしながら、彼はその割れ目に己の肉棒を近づけていった。
先端が今しもそこに触れようとしたとき、ふいに目が覚めた。
彼ははじかれたように、蒲団の上に身を起こした。
全身、気味の悪い汗でぐっしょりと濡れそぼっている。
狂ったように周囲を見回した。
自分の部屋だった。
月明かりが、夜の闇の中に、見慣れた机や本棚をぼんやり浮かびあがらせている。
夢・・・。
彼はゆるゆると首を振った。
なんだ、今のは・・・。
喉の奥からかすかな呻き声が漏れる。
僕は、何を考えている・・・?
あれは、杏里だった。
あんな、優しい、いい子を・・・僕は・・・。
パジャマの非常口から、かちかちになったペニスが飛び出していた。
少し触るだけで射精しそうなくらい、硬く太く猛り立っている。
くそ。
思わず唇を噛みしめた。
僕の身体は、いったいどうなっている?
これは、彼女への冒涜だ・・・。
「こんなものが、あるから・・・」
彼は憎悪を込めて己のペニスをつかんだ。
「こんなものがあるから、いけないんだ・・・」
そのとき、彼は気づいた。
ペニスをつかんだ右手の指が、松の木の枝のように節くれ立ち、奇妙な形に折れ曲がっている。
いつのまにか、親指と人差指、そして中指が異様に長くなり、他の2本が退化してしまっていた。
変形し始めているのだ。
顔だけでなく、ほかの部分にも、奇形が広まり始めている・・・。
杏里に遭ってしまったせいだろうか。
恐怖の中で、彼は思った。
彼女との出会いが、何かを加速させてしまったのか。
彼は絶望のあまり、泣いた。
ふと見ると、窓ガラスに、鰐そっくりの巨大な爬虫類の頭部が映っていた。
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