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第4部 暴虐のカオス
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ステージの端にドアがあり、その横に椅子があった。
針がびっしり植わった、拷問用の椅子である。
由羅はなんとかステージに近づくと、その陰に身を潜めた。
「殺してしまっては、面白味半減ですよね」
零の声がする。
ううう・・・。
雄牛の口から漏れる杏里のうめきは、かなり弱々しくなっている。
それに気づいたのか、零がいった。
「さ、どんな具合かな」
先ほどの乳房砕き器を使い、熱気を孕んだ雄牛の横腹の蓋を引き開けた。
湯気と熱気が噴き出した。
ごろりと、真っ赤に焼け爛れた肉の塊が転げ落ちた。
まるで、手足をもがれた豚の丸焼きだった。
全身重度の火傷を負った杏里が、床に転がっていた。
表皮はすべて焼け爛れ、髪が溶けたように縮れて顔に貼りついている。
体のあちこちから、白い煙が上がっていた。
「変わり果てた姿だこと」
零が甲高い声で笑い、それを足で蹴った。
「杏里ちゃん、生きてる? まだ死んじゃだめよ。最後の仕上げが残ってるんだから」
まだあるのか。
拷問椅子の陰で、由羅は呻った。
くそ。
あの化け物。
殺してやる。
絶対に、許さない。
零が台車に杏里を乗せた。
「さあ、皆さん、ラストショーです」
絡み合う肉の林と化した観客席に声をかける。
中学生たちが、一瞬動きを止める。
「あのドアを開けて」
僕として使っていた少年と少女に、零が命じた。
身を隠している由羅の目の前を、ふたりが通り過ぎていく。
ドアが開く音がした。
首をひねって覗いてみた由羅は、そこで、うっと叫びを飲み込んだ。
ドアの向こうに、もうひとつ、十畳ほどの部屋がある。
その中央に、奇怪なものが設置されていた。
断頭台である。
禍々しいギロチンの刃が、蛍光灯の照明を浴びて魚の腹のように鈍く光っている。
零が台車を押して部屋の中に入っていく。
焼け爛れた杏里の体を抱き上げ、断頭台に置いた。
杏里がみじろぎした。
まだ生きているのだ。
「杏里、あなたがどこまで不死身か試してあげる」
零がさっきまでの芝居がかった声でなく、低い地声で囁くのが聞こえてきた。
「さすがのタナトスも、胴体と首が離れたらどうなるかしらね」
ふふふと、含み笑いをした。
由羅の前を、行為を中断した2年1組の生徒たちが通り過ぎていく。
杏里の処刑を見守るつもりなのだ。
最後のひとりが目と鼻の先を過ぎるのを見計らい、由羅は腰を上げた。
コンクリート塊を引きずりながら、集団の最後尾につく。
「行きます」
零が声を上げて笑いながら、ギロチンにつながった紐を引いた。
同時に、由羅は跳んだ。
生徒たちの頭上を一気に跳び越え、
空中で体を回転させ、鎖の先についたコンクリート塊を、遠心力を利用して零の頭に叩きつけた。
零の頭蓋が陥没し、上体が揺らいだ。
が、さすが人を超える能力を備えた外来種だけあって、零は倒れない。
「パトス!」
怒りに燃える眼が、由羅を見た。
もう片方の眼球は、潰れて眼窩の外に飛び出していた。
片足が地に着くなり、由羅はもう半回転した。
もうひとつのコンクリート塊が弧を描いて飛び、零の裸の胸にめり込んだ。
骨が砕ける音があたりに響き渡った。
さすがの零も、もたなかった。
仰向けに、杏里の上に倒れこんだ。
ギロチンの刃が落ちる、まさにその寸前だった。
零の残った切れ長の眼が、大きく見開かれる。
その中に、恐怖の色が宿った。
地響きを立てて、刃が落ちた。
首が、転がった。
長い髪に包まれたそれは、外来種、黒野零の頭部だった。
糸が切れたマリオネットのように、少年少女たちが周りで倒れ始めた。
零の呪縛が解け、死への衝動が昇華されたのだろう。
拷問される杏里の姿を目のあたりにし、あれほどお互い性を貪りあった今、ストレスなどすべて雲散霧消してしまっているに違いない。
「杏里」
由羅は零の胴体を押しのけると、焼け爛れた杏里の脇にしゃがみこんだ。
ギロチンの刃は、杏里の頭を掠める格好で下の溝に落ちていた。
零が上にのしかかったせいで、体の位置が少しばかりずれたのだろう。
杏里にとっては、それが幸いだったのだ。
張りついた髪をそっとかき分け、おそるおそる顔を見た。
左の頬が焼け焦げ、表皮が完全にむけてしまっている。
が、それ以外は、思ったより奇麗な顔をしていた。
鼻に掌を当てる。
由羅の顔色が変わった。
息をしていない。
血に染まった胸に、耳を当ててみた。
鼓動が、聞こえない。
「杏里!」
目尻から熱いものがほとばしるのがわかった。
何なんだ、これは?
由羅は心の中で叫んだ。
どうしてこいつが、こんなめに遭わなきゃならない?
何ひとつ、悪いことなんてしてないのに。
人間じゃないからか?
人間じゃないなら、何をされても仕方ないっていうのか?
泣きながら、由羅は杏里を抱いた。
杏里が望んでいたように、唇を強く吸ってやる。
杏里。
おまえ、不死身なんだろ?
心の中で、一心に話しかけた。
目を開けろよ。
笑ってくれよ。
こんなくだらない世界に、
うちだけ置いてくなんて、ひどいよ。
ひどすぎるよ。
おれたち、パートナーなんだろ?
死ぬときは、いっしょじゃなかったのかよ。
どれほどそうしていたのか。
遠い地の底で木霊が返るように、
ことり、とかすかな音がした。
杏里の心臓が、ようやく動き始めたのだ。
針がびっしり植わった、拷問用の椅子である。
由羅はなんとかステージに近づくと、その陰に身を潜めた。
「殺してしまっては、面白味半減ですよね」
零の声がする。
ううう・・・。
雄牛の口から漏れる杏里のうめきは、かなり弱々しくなっている。
それに気づいたのか、零がいった。
「さ、どんな具合かな」
先ほどの乳房砕き器を使い、熱気を孕んだ雄牛の横腹の蓋を引き開けた。
湯気と熱気が噴き出した。
ごろりと、真っ赤に焼け爛れた肉の塊が転げ落ちた。
まるで、手足をもがれた豚の丸焼きだった。
全身重度の火傷を負った杏里が、床に転がっていた。
表皮はすべて焼け爛れ、髪が溶けたように縮れて顔に貼りついている。
体のあちこちから、白い煙が上がっていた。
「変わり果てた姿だこと」
零が甲高い声で笑い、それを足で蹴った。
「杏里ちゃん、生きてる? まだ死んじゃだめよ。最後の仕上げが残ってるんだから」
まだあるのか。
拷問椅子の陰で、由羅は呻った。
くそ。
あの化け物。
殺してやる。
絶対に、許さない。
零が台車に杏里を乗せた。
「さあ、皆さん、ラストショーです」
絡み合う肉の林と化した観客席に声をかける。
中学生たちが、一瞬動きを止める。
「あのドアを開けて」
僕として使っていた少年と少女に、零が命じた。
身を隠している由羅の目の前を、ふたりが通り過ぎていく。
ドアが開く音がした。
首をひねって覗いてみた由羅は、そこで、うっと叫びを飲み込んだ。
ドアの向こうに、もうひとつ、十畳ほどの部屋がある。
その中央に、奇怪なものが設置されていた。
断頭台である。
禍々しいギロチンの刃が、蛍光灯の照明を浴びて魚の腹のように鈍く光っている。
零が台車を押して部屋の中に入っていく。
焼け爛れた杏里の体を抱き上げ、断頭台に置いた。
杏里がみじろぎした。
まだ生きているのだ。
「杏里、あなたがどこまで不死身か試してあげる」
零がさっきまでの芝居がかった声でなく、低い地声で囁くのが聞こえてきた。
「さすがのタナトスも、胴体と首が離れたらどうなるかしらね」
ふふふと、含み笑いをした。
由羅の前を、行為を中断した2年1組の生徒たちが通り過ぎていく。
杏里の処刑を見守るつもりなのだ。
最後のひとりが目と鼻の先を過ぎるのを見計らい、由羅は腰を上げた。
コンクリート塊を引きずりながら、集団の最後尾につく。
「行きます」
零が声を上げて笑いながら、ギロチンにつながった紐を引いた。
同時に、由羅は跳んだ。
生徒たちの頭上を一気に跳び越え、
空中で体を回転させ、鎖の先についたコンクリート塊を、遠心力を利用して零の頭に叩きつけた。
零の頭蓋が陥没し、上体が揺らいだ。
が、さすが人を超える能力を備えた外来種だけあって、零は倒れない。
「パトス!」
怒りに燃える眼が、由羅を見た。
もう片方の眼球は、潰れて眼窩の外に飛び出していた。
片足が地に着くなり、由羅はもう半回転した。
もうひとつのコンクリート塊が弧を描いて飛び、零の裸の胸にめり込んだ。
骨が砕ける音があたりに響き渡った。
さすがの零も、もたなかった。
仰向けに、杏里の上に倒れこんだ。
ギロチンの刃が落ちる、まさにその寸前だった。
零の残った切れ長の眼が、大きく見開かれる。
その中に、恐怖の色が宿った。
地響きを立てて、刃が落ちた。
首が、転がった。
長い髪に包まれたそれは、外来種、黒野零の頭部だった。
糸が切れたマリオネットのように、少年少女たちが周りで倒れ始めた。
零の呪縛が解け、死への衝動が昇華されたのだろう。
拷問される杏里の姿を目のあたりにし、あれほどお互い性を貪りあった今、ストレスなどすべて雲散霧消してしまっているに違いない。
「杏里」
由羅は零の胴体を押しのけると、焼け爛れた杏里の脇にしゃがみこんだ。
ギロチンの刃は、杏里の頭を掠める格好で下の溝に落ちていた。
零が上にのしかかったせいで、体の位置が少しばかりずれたのだろう。
杏里にとっては、それが幸いだったのだ。
張りついた髪をそっとかき分け、おそるおそる顔を見た。
左の頬が焼け焦げ、表皮が完全にむけてしまっている。
が、それ以外は、思ったより奇麗な顔をしていた。
鼻に掌を当てる。
由羅の顔色が変わった。
息をしていない。
血に染まった胸に、耳を当ててみた。
鼓動が、聞こえない。
「杏里!」
目尻から熱いものがほとばしるのがわかった。
何なんだ、これは?
由羅は心の中で叫んだ。
どうしてこいつが、こんなめに遭わなきゃならない?
何ひとつ、悪いことなんてしてないのに。
人間じゃないからか?
人間じゃないなら、何をされても仕方ないっていうのか?
泣きながら、由羅は杏里を抱いた。
杏里が望んでいたように、唇を強く吸ってやる。
杏里。
おまえ、不死身なんだろ?
心の中で、一心に話しかけた。
目を開けろよ。
笑ってくれよ。
こんなくだらない世界に、
うちだけ置いてくなんて、ひどいよ。
ひどすぎるよ。
おれたち、パートナーなんだろ?
死ぬときは、いっしょじゃなかったのかよ。
どれほどそうしていたのか。
遠い地の底で木霊が返るように、
ことり、とかすかな音がした。
杏里の心臓が、ようやく動き始めたのだ。
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