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第4部 暴虐のカオス
#8 サバト②
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翌朝、杏里は普通通り、登校した。
きのうはあれから小田切に迎えに来てもらい、家で休息を取った。
重人が催眠療法を施してくれたから、朝起きたときには心身ともにほぼ健康状態に戻っていた。
我ながら恐るべき回復力だった。
新たないじめを警戒しながら教室に着いたが、中に入るなり、雰囲気がいつもと違うことに気づいた。
クラスメートたちは三々五々気の合う者同士でグループを作り、めいめいの机を囲んでたむろしている。
そこまではいつもと同じだった。
が、違うのは全員が自分のスマホを熱心に覗き込んでいることだった。
-すげえなー
-俺、行く。絶対、行っちゃうー
ー趣味わるゥ。でも、面白そうー
そう口々にささやき合いながら、誰もがちらちらと物いいたげな視線を杏里のほうに向けてくる。
なんだろう?
首をかしげながら席につこうとしたとき、
「おい、LINE見たか?」
隣の席の男子生徒がふいに声をかけてきた。
「榊っていったっけ? 笹原、おまえのダチ、けっこうエロいんだな」
いやらしい目をして、ひひっと笑う。
由羅?
由羅が、どうしたの?
杏里は顔色を変えた。
あわててポケットからスマホを取り出した。
確かにLINEのメッセージが画面に出ている。
『2年1組のみなさん限定のショーを開催します』
それだけの文面に、死神の鎌のスタンプ。
開くと画像が添付されていた。
杏里は思わずうめいた。
がらんとした薄暗い空間。
天井から、由羅が全裸で吊るされている。
髪の毛をロープで縛られ、それだけを支えにぶらさがっているのだ。
斜めに光を当てられているのか、闇の中に、
ほどよく膨らんだ裸の胸。
なだらかな下腹のラインがくっきりと浮かび上がり、ひどく倒錯的な艶かしさを醸し出している。
顔は陰になって見えないが、どうやら苦しげに目を閉じているようだ。
「これ、『木馬』だぜ」
隣の男子がいった。
「中世ヨーロッパの魔女狩りで使われた、拷問道具だ」
「え」
杏里は画像に目を凝らした。
大事なことを見落としていた。
由羅は何か三角形の台のような物に跨っている。
太腿の間から、赤いものが滲み出していた。
血だ。
「自分の体の重みでこの台の先が股に食い込んでいくようにできてるのさ。特に女は大変だってよ」
きひひひ、と気味の悪い笑い声を立てる少年を無視すると、杏里は教室を飛び出した。
血相を変えていた。
零はどこ?
こんな画像を送ってくるからには、学校にも来ているはず。
2年3組の前を走り過ぎようとしたときだった。
黒い影が舞い、
だしぬけに左手首をつかまれた。
「どこ行くの? 私のクラスはここよ」
耳元にささやいてきたのは、黒野零だった。
今度は動画だった。
「スマホじゃ見にくいでしょう。だからPCで見せてあげる」
1限目の後の休憩時間。
朝、指示されたように視聴覚室に顔を出すと、零が机の上のデスクトップPCから顔を上げた。
動画は杏里が吊るされるところから始まっていた。
ロープの長さと位置を画面の外から零が操作しているのだろう。
天井の滑車の間をロープが動くと、それにしたがって髪の毛で吊るされた裸の由羅が台に向かって移動していく。
台の真上まで来ると、体が徐々に下がっていき、やがて坐る格好になった。
その瞬間、由羅の顔が激しく歪んだ。
「いくらマゾヒストでも、これに耐えられるかしらね」
ふふ、と笑って零がいった。
「放置しておけば、間違いなく痛みと出血で死ぬわ」
杏里は、ばん、と机を叩いた。
零が上体を起こす。
同じ学年とは思えないほど、背が高い。
日本人形のように整った面長の白い顔。
胸まで垂らした漆黒の艶やかな髪。
近くで初めて見る零の顔だった。
こんな美しい少女が、なぜ・・・。
なぜ、外来種なの・・・?
「由羅を解放してあげて。今すぐ」
零の切れ長の眼を見上げて、杏里は強い口調でいった。
「わたしが替わる。代わって拷問を受ける。それが望みなんでしょ。苦しむ私の姿を、みんなにも見せたいんでしょ」
メールの意図はそういうことだったのだ。
2年1組の生徒全員を招待するパーティ。
今夜8時。
街外れの廃病院。
画像の下に時間と場所が載っていた。
「よくわかってるじゃない」
零が微笑んだ。
杏里の頬を、両手でそっと挟む。
顔を近づけてきた。
「あなたのために、楽しい玩具をたくさん用意しておいたの。正直、由羅じゃもの足りないって思ってたところだったのよ。だって、途中で死なれちゃ、せっかくの玩具が台無しだもの。その点、杏里、あなたなら大丈夫よね。全身骨折しても、内臓を引きずり出されても、目玉を摘出されても平気でいられるんだから」
杏里は答えなかった。
別に平気なわけではない。
そのときにはそれなりの痛みも感じるし、怪我がひどければ回復にもそれだけ時間がかかるのだ。
だが、少なくとも由羅には無理だった。
いくらパトスの肉体が頑強でも、タナトスの不死身性は備えていない。
「おもちゃって・・・」
「そう、色々な国から取り寄せたの。メンテナンスに少し時間がかかったけど、やっと準備が終わったわ。あなたなら、きっと気に入ってくれると思う」
杏里の瞳を覗き込んで、零が歌うような口調でいう。
杏里に中世ヨーロッパの拷問についての知識はほとんどない。
が、それがきわめておぞましいものであろうことは、容易に想像がついた。
画面の中の由羅が苦痛にうめく。
股の間からの出血が増えていた。
だめだ。
これでは長くは持たない。
「今から行くわ」
杏里は零の手を取った。
「すぐに連れてって」
零の手は、氷のように冷たかった。
きのうはあれから小田切に迎えに来てもらい、家で休息を取った。
重人が催眠療法を施してくれたから、朝起きたときには心身ともにほぼ健康状態に戻っていた。
我ながら恐るべき回復力だった。
新たないじめを警戒しながら教室に着いたが、中に入るなり、雰囲気がいつもと違うことに気づいた。
クラスメートたちは三々五々気の合う者同士でグループを作り、めいめいの机を囲んでたむろしている。
そこまではいつもと同じだった。
が、違うのは全員が自分のスマホを熱心に覗き込んでいることだった。
-すげえなー
-俺、行く。絶対、行っちゃうー
ー趣味わるゥ。でも、面白そうー
そう口々にささやき合いながら、誰もがちらちらと物いいたげな視線を杏里のほうに向けてくる。
なんだろう?
首をかしげながら席につこうとしたとき、
「おい、LINE見たか?」
隣の席の男子生徒がふいに声をかけてきた。
「榊っていったっけ? 笹原、おまえのダチ、けっこうエロいんだな」
いやらしい目をして、ひひっと笑う。
由羅?
由羅が、どうしたの?
杏里は顔色を変えた。
あわててポケットからスマホを取り出した。
確かにLINEのメッセージが画面に出ている。
『2年1組のみなさん限定のショーを開催します』
それだけの文面に、死神の鎌のスタンプ。
開くと画像が添付されていた。
杏里は思わずうめいた。
がらんとした薄暗い空間。
天井から、由羅が全裸で吊るされている。
髪の毛をロープで縛られ、それだけを支えにぶらさがっているのだ。
斜めに光を当てられているのか、闇の中に、
ほどよく膨らんだ裸の胸。
なだらかな下腹のラインがくっきりと浮かび上がり、ひどく倒錯的な艶かしさを醸し出している。
顔は陰になって見えないが、どうやら苦しげに目を閉じているようだ。
「これ、『木馬』だぜ」
隣の男子がいった。
「中世ヨーロッパの魔女狩りで使われた、拷問道具だ」
「え」
杏里は画像に目を凝らした。
大事なことを見落としていた。
由羅は何か三角形の台のような物に跨っている。
太腿の間から、赤いものが滲み出していた。
血だ。
「自分の体の重みでこの台の先が股に食い込んでいくようにできてるのさ。特に女は大変だってよ」
きひひひ、と気味の悪い笑い声を立てる少年を無視すると、杏里は教室を飛び出した。
血相を変えていた。
零はどこ?
こんな画像を送ってくるからには、学校にも来ているはず。
2年3組の前を走り過ぎようとしたときだった。
黒い影が舞い、
だしぬけに左手首をつかまれた。
「どこ行くの? 私のクラスはここよ」
耳元にささやいてきたのは、黒野零だった。
今度は動画だった。
「スマホじゃ見にくいでしょう。だからPCで見せてあげる」
1限目の後の休憩時間。
朝、指示されたように視聴覚室に顔を出すと、零が机の上のデスクトップPCから顔を上げた。
動画は杏里が吊るされるところから始まっていた。
ロープの長さと位置を画面の外から零が操作しているのだろう。
天井の滑車の間をロープが動くと、それにしたがって髪の毛で吊るされた裸の由羅が台に向かって移動していく。
台の真上まで来ると、体が徐々に下がっていき、やがて坐る格好になった。
その瞬間、由羅の顔が激しく歪んだ。
「いくらマゾヒストでも、これに耐えられるかしらね」
ふふ、と笑って零がいった。
「放置しておけば、間違いなく痛みと出血で死ぬわ」
杏里は、ばん、と机を叩いた。
零が上体を起こす。
同じ学年とは思えないほど、背が高い。
日本人形のように整った面長の白い顔。
胸まで垂らした漆黒の艶やかな髪。
近くで初めて見る零の顔だった。
こんな美しい少女が、なぜ・・・。
なぜ、外来種なの・・・?
「由羅を解放してあげて。今すぐ」
零の切れ長の眼を見上げて、杏里は強い口調でいった。
「わたしが替わる。代わって拷問を受ける。それが望みなんでしょ。苦しむ私の姿を、みんなにも見せたいんでしょ」
メールの意図はそういうことだったのだ。
2年1組の生徒全員を招待するパーティ。
今夜8時。
街外れの廃病院。
画像の下に時間と場所が載っていた。
「よくわかってるじゃない」
零が微笑んだ。
杏里の頬を、両手でそっと挟む。
顔を近づけてきた。
「あなたのために、楽しい玩具をたくさん用意しておいたの。正直、由羅じゃもの足りないって思ってたところだったのよ。だって、途中で死なれちゃ、せっかくの玩具が台無しだもの。その点、杏里、あなたなら大丈夫よね。全身骨折しても、内臓を引きずり出されても、目玉を摘出されても平気でいられるんだから」
杏里は答えなかった。
別に平気なわけではない。
そのときにはそれなりの痛みも感じるし、怪我がひどければ回復にもそれだけ時間がかかるのだ。
だが、少なくとも由羅には無理だった。
いくらパトスの肉体が頑強でも、タナトスの不死身性は備えていない。
「おもちゃって・・・」
「そう、色々な国から取り寄せたの。メンテナンスに少し時間がかかったけど、やっと準備が終わったわ。あなたなら、きっと気に入ってくれると思う」
杏里の瞳を覗き込んで、零が歌うような口調でいう。
杏里に中世ヨーロッパの拷問についての知識はほとんどない。
が、それがきわめておぞましいものであろうことは、容易に想像がついた。
画面の中の由羅が苦痛にうめく。
股の間からの出血が増えていた。
だめだ。
これでは長くは持たない。
「今から行くわ」
杏里は零の手を取った。
「すぐに連れてって」
零の手は、氷のように冷たかった。
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