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第4部 暴虐のカオス
#5 ペイン③
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「これか」
四肢のいましめを解いてやると、由羅は拾った眼球を杏里の掌にそっと乗せてやった。
震える手を顔に持って行き、杏里がそれを血みどろの穴と化した眼窩に嵌めた。
が、視神経の切れている眼球はうまく嵌らず、眼窩の中で別々の方向にくるりと裏返って止まってしまう。
「ちょっと待ってな。今綺麗にしてやるから」
いたたまれない思いが由羅を駆り立てていた。
ハンカチで顔の血を拭ってやり、目の上から包帯を巻く。
タオルをお湯で濡らしてくると、それで杏里の体を丁寧に拭き始めた。
あっという間にタオルは汚物まみれになってしまった。
仕方なく洗面器にお湯を汲んできて、それにタオルを浸しながら杏里の体を拭くことにした。
汚れた下着を脱がせ、いったん全裸にして、隈なく体を拭いてやる。
杏里は糸の切れたマリオネットのように、ベッドの背もたれに上体をもたせかけ、されるがままになっている。
元気なときは由羅に少し触られただけで欲情し始めるのだが、さすがに今はそれどころではないようだった。
乳房や局部に触れても、杏里は何の反応も示さなかった。
ひと通り体が綺麗になったところで、今度は糞尿と血で汚れたシーツを引き剥がし、棚から新しいものを出して替えてやった。
「服くらい着ろよな」
制服を着せてやろうとしたが、ベッドの下に落ちている杏里のブラウスもスカートも血まみれだった。
仕方なく、袋から自分の制服のブラウスを引っ張り出し、杏里の肩にかけてやる。
由羅自身は水着を着ているから、とりあえず帰ろうと思えば、このままでも帰ることは可能なのだ。
由羅のブラウスは豊満な杏里の体にはサイズが小さすぎるようで、胸のボタンが留まらない。
仕方なく、臍のところのボタンだけ、留めておくことにする。
「ねえ、由羅」
ふいに杏里が、意外なほど明瞭な口調でいった。
「あなたが、私のこと、気持ち悪がって、避けてるのは知ってるけど」
包帯を巻いた見えない目で由羅を見た。
「お願い。今だけでいい、少し、抱いててくれないかな。なんだか、寒くてたまらないの」
「あ、ああ」
由羅はうなずいた。
ちくりと胸が痛んだ。
杏里は気づいているのだ。
由羅が意識的に彼女を敬遠していることを。
自分でそう振舞っているのだから、それは考えるまでもなく当然のことだったが、それでも後ろめたさは拭えない。
うちは、パートーナー失格だな。
そう思いながら、杏里の肩に手を伸ばす。
ふと、水着がまだ濡れていることに気づき、思い切って脱ぐことにした。
一度全裸になり、着替え用のパンティだけ出して、穿いた。
ベッドに登ると、杏里の横に体を寄せ、シーツを胸元まで引き寄せる。
杏里が肩にしなだれかかってきた。
ひどく冷たい体をしていた。
そうっと手を伸ばし、抱き締めてやる。
肌が触れたところがじんわりと濡れてくるのがわかった。
パトスに触れると、タナトスの肉体は特別な反応を起こす。
傷を治癒するための体液が滲み出してくるのだ。
パトスに対する物理的ヒーラーでもある、タナトスの特性である。
が、今、傷ついているのは由羅ではなく、杏里のほうだった。
その不思議な力が、杏里自身の傷を治癒することを願って、由羅はさらに肌を密着させ、杏里の体を温めにかかった。
そうして1時間ほども、じっと抱いていただろうか。
「もう、いいよ」
由羅の腕の中で、杏里がいった。
「安心して。キスして、なんていわないから」
力なく笑って、由羅の抱擁から抜け出した。
「それくらいなら、してやってもいいんだぜ」
抱き寄せようとする由羅を掌で押しとどめると、
「いいの、私だけ気持ちよくなるのは、もういやなの」
弱々しくかぶりを振った。
「いつも考えてるんだ。どうしたら、あなたを気持ちよくしてあげられるのか」
それは・・・。
己の"業"に思いを馳せて、胸の中で由羅はつぶやいた。
それは、おまえには無理だろう。
やさしすぎるおまえには・・・。
身を起こすと、杏里はおもむろに包帯を解き始めた。
「お、おい。いくらなんでも、まだ早いだろ?」
由羅は驚いて、制止した。
「大丈夫」
杏里が振り向いた。
目が、元に戻っていた。
まだ少しいびつに歪んでいるが、それでも眼球は両方ともちゃんと眼窩に収まり、動くようになっていた。
このわずかな間に視神経や筋肉が再生し、視力が戻ってきたのだろう。
素晴らしい回復力だった。
親和力の高いパトスの肌と触れ合うことで、回復力が増したのかもしれなかった。
目だけではなく、喉の傷のほうもほぼ完全に癒えているようだ。
「勇次をを呼ぶわ。迎えに来てくれるよう、頼むよ」
ベッドから両脚を垂らすと、杏里がいった。
「ついでに着替えももってきてもらわなきゃね。ごめんね、これ由羅のでしょ?」
自分の着ているブラウスに視線を落として、すまなさそうに訊く。
「いいよ、うちは水着着てればいいから」
自分でも滑稽だとは思うが、下着のまま歩き回るよりはましだった。
由羅は生乾きの水着を袋から取り出すと、手早く身につけながら答えた。
「あ、小田切が来るまでの間、重人にヒーリングしといてもらおう。うち、呼んでくるから、ちょっと待ってな」
「でも、栗栖君、授業中でしょ」
「あいつのクラス、次は家庭科の実習だから、少しくらい抜けさせても大丈夫さ」
そういうなり、由羅は杏里のふわふわの髪の毛をくしゃっと撫でた。
「いい子だから、もう少し寝てなって」
由羅が水着姿のまま出て行くと、杏里は隣のベッドにうつぶせになって寝息を立てている翠に目をやった。
白衣の中年女は、幸せそうな寝顔をしていた。
少なくとも。私は任務を果たしたのだ。
かすかな満足感の中で、思った。
杏里の目を抉り出すことで、翠は解放されたのだ。
頭がかすかに痛む。
視力はほとんど元に戻っていたが、平衡感覚がまだおかしい。
翠の指が脳の一部を損傷したのかもしれなかった。
危ないところだった、と思う。
不死身のタナトスだが、弱点は脳だという。
あれ以上目の中を引っ掻き回されていたら、そのうち致命傷を脳に負っていたに違いなかった。
ほっと安堵の吐息をついたとき、ドアが開いた。
「お、いたいた」
「こいつか」
男の話し声がした。
入口に目を向けると、高等部の制服を着た男子がふたり、立っていた。
シャツをズボンから出し、そのズボンはといえば、腰のところまでずり下げて穿いている。
「さっき零に聞いたんだけどよ、あんた、ただでやらせてくれるんだって?」
にやにや笑いながら、顔中ニキビの吹き出たほうがいった。
「これで中2? すっげーいい体してるじゃん」
金髪にピアスの相棒のほうが、杏里を見て目を丸くする。
「零・・・?」
零って、誰?
もしかして・・・黒野、零?
嫌な予感がした。
杏里はあとずさった。
膝の裏がベッドに当たる。
これ以上、下がれない。
ふたり組が近づいてきた。
「おっぱい、見せろよ」
いきなりブラウスを引き毟られた。
ニキビ面が杏里の体をくるりと半回転させ、羽交い絞めにした。
「いいねえ」
金髪が杏里の体に舐めるような視線を這わせてくる。
杏里は思わず顔をそむけた。
汚れた下着を由羅に脱がされたため、杏里はブラウスの下に何もつけていなかった。
「まず俺からな」
金髪がズボンのベルトに手をかけた。
ニキビ面の手が脇を割って進入し、杏里の乳房を背後からつかんできた。
杏里は下唇を噛みしめ、相手の顔を睨み据えた。
まだ足りないのか。
私は・・・。
私はどれだけ痛みに耐えればいいというのだろう?
「銜えろよ」
屹立したペニスを誇示するように両手でつかみ、金髪がいった。
ニキビ面が杏里を押さえ込み、床に跪かせる。
仕方なく、杏里は口を開けた。
涙がひと筋、頬を伝った。
四肢のいましめを解いてやると、由羅は拾った眼球を杏里の掌にそっと乗せてやった。
震える手を顔に持って行き、杏里がそれを血みどろの穴と化した眼窩に嵌めた。
が、視神経の切れている眼球はうまく嵌らず、眼窩の中で別々の方向にくるりと裏返って止まってしまう。
「ちょっと待ってな。今綺麗にしてやるから」
いたたまれない思いが由羅を駆り立てていた。
ハンカチで顔の血を拭ってやり、目の上から包帯を巻く。
タオルをお湯で濡らしてくると、それで杏里の体を丁寧に拭き始めた。
あっという間にタオルは汚物まみれになってしまった。
仕方なく洗面器にお湯を汲んできて、それにタオルを浸しながら杏里の体を拭くことにした。
汚れた下着を脱がせ、いったん全裸にして、隈なく体を拭いてやる。
杏里は糸の切れたマリオネットのように、ベッドの背もたれに上体をもたせかけ、されるがままになっている。
元気なときは由羅に少し触られただけで欲情し始めるのだが、さすがに今はそれどころではないようだった。
乳房や局部に触れても、杏里は何の反応も示さなかった。
ひと通り体が綺麗になったところで、今度は糞尿と血で汚れたシーツを引き剥がし、棚から新しいものを出して替えてやった。
「服くらい着ろよな」
制服を着せてやろうとしたが、ベッドの下に落ちている杏里のブラウスもスカートも血まみれだった。
仕方なく、袋から自分の制服のブラウスを引っ張り出し、杏里の肩にかけてやる。
由羅自身は水着を着ているから、とりあえず帰ろうと思えば、このままでも帰ることは可能なのだ。
由羅のブラウスは豊満な杏里の体にはサイズが小さすぎるようで、胸のボタンが留まらない。
仕方なく、臍のところのボタンだけ、留めておくことにする。
「ねえ、由羅」
ふいに杏里が、意外なほど明瞭な口調でいった。
「あなたが、私のこと、気持ち悪がって、避けてるのは知ってるけど」
包帯を巻いた見えない目で由羅を見た。
「お願い。今だけでいい、少し、抱いててくれないかな。なんだか、寒くてたまらないの」
「あ、ああ」
由羅はうなずいた。
ちくりと胸が痛んだ。
杏里は気づいているのだ。
由羅が意識的に彼女を敬遠していることを。
自分でそう振舞っているのだから、それは考えるまでもなく当然のことだったが、それでも後ろめたさは拭えない。
うちは、パートーナー失格だな。
そう思いながら、杏里の肩に手を伸ばす。
ふと、水着がまだ濡れていることに気づき、思い切って脱ぐことにした。
一度全裸になり、着替え用のパンティだけ出して、穿いた。
ベッドに登ると、杏里の横に体を寄せ、シーツを胸元まで引き寄せる。
杏里が肩にしなだれかかってきた。
ひどく冷たい体をしていた。
そうっと手を伸ばし、抱き締めてやる。
肌が触れたところがじんわりと濡れてくるのがわかった。
パトスに触れると、タナトスの肉体は特別な反応を起こす。
傷を治癒するための体液が滲み出してくるのだ。
パトスに対する物理的ヒーラーでもある、タナトスの特性である。
が、今、傷ついているのは由羅ではなく、杏里のほうだった。
その不思議な力が、杏里自身の傷を治癒することを願って、由羅はさらに肌を密着させ、杏里の体を温めにかかった。
そうして1時間ほども、じっと抱いていただろうか。
「もう、いいよ」
由羅の腕の中で、杏里がいった。
「安心して。キスして、なんていわないから」
力なく笑って、由羅の抱擁から抜け出した。
「それくらいなら、してやってもいいんだぜ」
抱き寄せようとする由羅を掌で押しとどめると、
「いいの、私だけ気持ちよくなるのは、もういやなの」
弱々しくかぶりを振った。
「いつも考えてるんだ。どうしたら、あなたを気持ちよくしてあげられるのか」
それは・・・。
己の"業"に思いを馳せて、胸の中で由羅はつぶやいた。
それは、おまえには無理だろう。
やさしすぎるおまえには・・・。
身を起こすと、杏里はおもむろに包帯を解き始めた。
「お、おい。いくらなんでも、まだ早いだろ?」
由羅は驚いて、制止した。
「大丈夫」
杏里が振り向いた。
目が、元に戻っていた。
まだ少しいびつに歪んでいるが、それでも眼球は両方ともちゃんと眼窩に収まり、動くようになっていた。
このわずかな間に視神経や筋肉が再生し、視力が戻ってきたのだろう。
素晴らしい回復力だった。
親和力の高いパトスの肌と触れ合うことで、回復力が増したのかもしれなかった。
目だけではなく、喉の傷のほうもほぼ完全に癒えているようだ。
「勇次をを呼ぶわ。迎えに来てくれるよう、頼むよ」
ベッドから両脚を垂らすと、杏里がいった。
「ついでに着替えももってきてもらわなきゃね。ごめんね、これ由羅のでしょ?」
自分の着ているブラウスに視線を落として、すまなさそうに訊く。
「いいよ、うちは水着着てればいいから」
自分でも滑稽だとは思うが、下着のまま歩き回るよりはましだった。
由羅は生乾きの水着を袋から取り出すと、手早く身につけながら答えた。
「あ、小田切が来るまでの間、重人にヒーリングしといてもらおう。うち、呼んでくるから、ちょっと待ってな」
「でも、栗栖君、授業中でしょ」
「あいつのクラス、次は家庭科の実習だから、少しくらい抜けさせても大丈夫さ」
そういうなり、由羅は杏里のふわふわの髪の毛をくしゃっと撫でた。
「いい子だから、もう少し寝てなって」
由羅が水着姿のまま出て行くと、杏里は隣のベッドにうつぶせになって寝息を立てている翠に目をやった。
白衣の中年女は、幸せそうな寝顔をしていた。
少なくとも。私は任務を果たしたのだ。
かすかな満足感の中で、思った。
杏里の目を抉り出すことで、翠は解放されたのだ。
頭がかすかに痛む。
視力はほとんど元に戻っていたが、平衡感覚がまだおかしい。
翠の指が脳の一部を損傷したのかもしれなかった。
危ないところだった、と思う。
不死身のタナトスだが、弱点は脳だという。
あれ以上目の中を引っ掻き回されていたら、そのうち致命傷を脳に負っていたに違いなかった。
ほっと安堵の吐息をついたとき、ドアが開いた。
「お、いたいた」
「こいつか」
男の話し声がした。
入口に目を向けると、高等部の制服を着た男子がふたり、立っていた。
シャツをズボンから出し、そのズボンはといえば、腰のところまでずり下げて穿いている。
「さっき零に聞いたんだけどよ、あんた、ただでやらせてくれるんだって?」
にやにや笑いながら、顔中ニキビの吹き出たほうがいった。
「これで中2? すっげーいい体してるじゃん」
金髪にピアスの相棒のほうが、杏里を見て目を丸くする。
「零・・・?」
零って、誰?
もしかして・・・黒野、零?
嫌な予感がした。
杏里はあとずさった。
膝の裏がベッドに当たる。
これ以上、下がれない。
ふたり組が近づいてきた。
「おっぱい、見せろよ」
いきなりブラウスを引き毟られた。
ニキビ面が杏里の体をくるりと半回転させ、羽交い絞めにした。
「いいねえ」
金髪が杏里の体に舐めるような視線を這わせてくる。
杏里は思わず顔をそむけた。
汚れた下着を由羅に脱がされたため、杏里はブラウスの下に何もつけていなかった。
「まず俺からな」
金髪がズボンのベルトに手をかけた。
ニキビ面の手が脇を割って進入し、杏里の乳房を背後からつかんできた。
杏里は下唇を噛みしめ、相手の顔を睨み据えた。
まだ足りないのか。
私は・・・。
私はどれだけ痛みに耐えればいいというのだろう?
「銜えろよ」
屹立したペニスを誇示するように両手でつかみ、金髪がいった。
ニキビ面が杏里を押さえ込み、床に跪かせる。
仕方なく、杏里は口を開けた。
涙がひと筋、頬を伝った。
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