散らない桜

戸影絵麻

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#30 修羅場

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 義手と義足をはずすと、彼は地面に腹ばいになった。
 
 得意の匍匐前進で闇市の人混みをすり抜け、裏路地に急ぐ。

 連絡にあった通り、路地の突き当りには太った男が倒れていた。

 後頭部から血を流しているが、まだ意識はあるようだ。

 苦しげなうめき声が聞こえてきた。

 男の巨体の向こう側では、小柄な女が死んでいた。

 全裸に剥かれ、鋭利な刃物で胸から下腹までを一直線に切り裂かれている。

「見張ってるから、早く」

 男の声がした。

「おなかが空いているんだろう?」

 見上げると、モジャモジャ頭の青年が、心配そうな表情で彼を見下ろしている。

 彼のガラス玉のようなひとつ目に、気弱そうな青年の顔が映っている。

「しかし、今頃になって兄さんの存在がバレそうになるなんて。でも大丈夫だ。この男を殺せば、兄さんの正体を知っている者は、この世からひとりもいなくなる」

 うなずきもせず、彼は太った男に突進した。

 ズボンを噛み千切り、下半身を剥き出しにする。

 意外に小さなイチモツがこぼれ出た。

 でもこれが人体の中で最も美味なのだ。

 それを彼はニューギニアのジャングルで知ったのだ。

 女の死体に興味はなかった。

 とりあえず、男性器を食せればそれでいい。

「落ち着いたら、復讐の計画を練ろう。今回の警察予備隊結成の一件で、あのクソたちがまた表舞台に出て来たよ。兄さんを、こんな目に遭わせたやつら。早くあいつらに、制裁を加えなきゃ」

 ぶつぶつと弟は何やらつぶやき続けている。

 しかし、狂った彼にはどうでもいいことだった。

 ひとつでもたくさん食いたい。

 彼の脳裏にあるのはそれだけだからー。
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