散らない桜

戸影絵麻

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#20 戦禍の影に蠢くもの④

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「そうそれ」
 
 編集長がうなずいた。

「だから野犬などの線はありえない」

 なんだ、自分から言い出したくせに。

「変質者の犯行ですかな。戦争が終わって世間が落ち着いてきたのはいいが、頭のねじが緩んでるやつが多すぎる」

 警部が苦い顏でため息をつく。

「しかし、蒲生氏のような、こういっちゃ悪いが、ある意味見栄えも地味な中年紳士に、変質者たるもの、そのような性的な衝動を催すものでしょうかね」

「さあ…。あいにくと私は変質者ではないもので」

「ですよね」

「ところでこの資料、こちらで預からせていただいてもよいですかな?」

「ああ、どうぞどうぞ。中身にはあらかた目を通しましたので」

 名簿と手記の入った油紙を、惜しげもなく警部に渡す編集長。

「どうせすぐには使いませんので、調査が済んだところで返していただけば、けっこうです」


 交番を出、警部と別れると、私は我慢できず、編集長にたずねた。

「資料、渡しちゃって、本当によかったんですか? 名簿はとにかく、手記のほうはほとんで目を通してないですよね?」

「いや、見たよ。大事なところだけは」

「大事なところって?」

「気づかなかったのかい? 彼の手記にだけ、付箋が貼ってあったんだ。だからそこだけは目を通しておいたのさ」



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