散らない桜

戸影絵麻

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#13 裏路地の死者①

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 戦後のモノ不足に対処するために行われた、公的には禁止されていた流通経路の品を扱う市場を闇市という。

 戦時中にも闇市場そのものは存在した。

 でも、リアルにモノの売買が行われる場として闇市が登場したのは、やはり戦後になってからだろう。

 その嚆矢となったのが、終戦からわずか5日後に開かれた新宿マーケット。

 ついで池袋、渋谷、新橋、神田、上野など、都心近くの主要駅周辺に続々と闇市は開かれた。

 当時の街中、特に駅周辺などには、建物疎開でできた空き地や空襲で焼失した跡地などが多かったのだが、そうした場所がヤクザやテキ屋らに不法に占拠され、次々と闇市と化したのだ。

 が、今年になってGHQの締めつけがきつくなり、ここ新宿でも闇市の撤退が相次いでいた。

 闇市に代わって、各地区の商店主たちが団結し、あちこちに健全な商店街が出現し始めたのだ。

 それでもまだ新宿には闇市っぽい路地などには事欠かず、編集長が私を連れて行ったのも、そんな一角だった。

 いまだ復員服姿の元兵隊たち、進駐軍の米兵とその腕にしがみつくケバい化粧の女たち。
 
 10メートルも歩かぬうちに、夏の熱さに加えて、食べ物や汗、安香水の匂いの奔流に、私は危く気が遠くなりそうになった。

「確かこの辺だったはずだがな」

 編集長がつぶやき、角を曲がった瞬間である。

 目の前を遮る人垣が、朦朧とする私の視界に飛び込んできた。

 飲み屋の屋台の横の、狭い路地への入口。

 その路地の奥を覗き込むようにして、アリのように人が群がっているのだ。

「どうしたんですか? 何かあったんですか?」

 編集長が声をかけると、胡麻塩頭のおじさんが振り向いて、興奮で上ずった声で私たちにこう告げた。

「よくわかんねえけど、すぐそこの路地で殺人事件なんだとよ」

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