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#5 奇妙な依頼①
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「はあ…」
私は言葉を濁し、視線を宙にさ迷わせた。
ここ、夢幻出版は、カストリ雑誌専門の三流出版社である。
売り上げの主軸は、『異端倶楽部』。
幽霊話から未解決の殺人事件まで、酒のツマミになる下世話なネタがてんこもりの風俗雑誌だ。
特に人気が高いのは、前者のお化けや幽霊ネタ。
殺伐とした時節柄、大衆は刺激的な記事に飢えている。
それに、なんせまだ戦後5年しか経っていないから、その手の心霊譚には事欠かないのである。
そんなものに、特攻兵の名簿と手記というのは、何か取り合わせが大きく違う気がするのだけれど…。
確かに、昨年終了した極東軍事裁判以降、旧軍部への批判が再燃しているだけに、特攻兵たちの手記をまとめて本にするというのはいい考えかもしれない。
でも、少なくとも、それをやるのはうちではない気がするのだ。
客を名ばかりの”応接間”に残し、自分の席に戻って、改めて、それにしても、と思う。
あの客、何者なのだろう。
神宮司編集長と懇意のようだが、学生時代の同級生か何かなのだろうか。
あるいは戦時中、同じ部隊に所属していたとか、そういうことなのかもしれない。
へんてこりんな格好をしているけど、着ているものはそれなりに上等そうに見えるし、そこはかとなく品もいい。
いろいろ想像を巡らせているうちに、いつのまにかうとうとしてしまっていた。
暑かろうと寒かろうと、どこでも寝られるのが私、春野うずらの特技なのだ。
「あのう、事務員さん。確か、春野うずらさんとか、言いなさったか」
ふと気がつくと、客が呼んでいた。
ヤバい、よだれが顔に。
「は、はいっ!」
頬を手の甲で拭って椅子から飛び上がると、今まさにちょうど客が出入り口のドアを開けるところだった。
「編集長、なかなかおいでにならないので、また出直すとしますわ。ああ、名簿と手記は置いていくので、神宮寺氏が出社したら、必ず渡してください。くれぐれも、お願いしますよ」
私は言葉を濁し、視線を宙にさ迷わせた。
ここ、夢幻出版は、カストリ雑誌専門の三流出版社である。
売り上げの主軸は、『異端倶楽部』。
幽霊話から未解決の殺人事件まで、酒のツマミになる下世話なネタがてんこもりの風俗雑誌だ。
特に人気が高いのは、前者のお化けや幽霊ネタ。
殺伐とした時節柄、大衆は刺激的な記事に飢えている。
それに、なんせまだ戦後5年しか経っていないから、その手の心霊譚には事欠かないのである。
そんなものに、特攻兵の名簿と手記というのは、何か取り合わせが大きく違う気がするのだけれど…。
確かに、昨年終了した極東軍事裁判以降、旧軍部への批判が再燃しているだけに、特攻兵たちの手記をまとめて本にするというのはいい考えかもしれない。
でも、少なくとも、それをやるのはうちではない気がするのだ。
客を名ばかりの”応接間”に残し、自分の席に戻って、改めて、それにしても、と思う。
あの客、何者なのだろう。
神宮司編集長と懇意のようだが、学生時代の同級生か何かなのだろうか。
あるいは戦時中、同じ部隊に所属していたとか、そういうことなのかもしれない。
へんてこりんな格好をしているけど、着ているものはそれなりに上等そうに見えるし、そこはかとなく品もいい。
いろいろ想像を巡らせているうちに、いつのまにかうとうとしてしまっていた。
暑かろうと寒かろうと、どこでも寝られるのが私、春野うずらの特技なのだ。
「あのう、事務員さん。確か、春野うずらさんとか、言いなさったか」
ふと気がつくと、客が呼んでいた。
ヤバい、よだれが顔に。
「は、はいっ!」
頬を手の甲で拭って椅子から飛び上がると、今まさにちょうど客が出入り口のドアを開けるところだった。
「編集長、なかなかおいでにならないので、また出直すとしますわ。ああ、名簿と手記は置いていくので、神宮寺氏が出社したら、必ず渡してください。くれぐれも、お願いしますよ」
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