6 / 31
#5 奇妙な依頼①
しおりを挟む
「はあ…」
私は言葉を濁し、視線を宙にさ迷わせた。
ここ、夢幻出版は、カストリ雑誌専門の三流出版社である。
売り上げの主軸は、『異端倶楽部』。
幽霊話から未解決の殺人事件まで、酒のツマミになる下世話なネタがてんこもりの風俗雑誌だ。
特に人気が高いのは、前者のお化けや幽霊ネタ。
殺伐とした時節柄、大衆は刺激的な記事に飢えている。
それに、なんせまだ戦後5年しか経っていないから、その手の心霊譚には事欠かないのである。
そんなものに、特攻兵の名簿と手記というのは、何か取り合わせが大きく違う気がするのだけれど…。
確かに、昨年終了した極東軍事裁判以降、旧軍部への批判が再燃しているだけに、特攻兵たちの手記をまとめて本にするというのはいい考えかもしれない。
でも、少なくとも、それをやるのはうちではない気がするのだ。
客を名ばかりの”応接間”に残し、自分の席に戻って、改めて、それにしても、と思う。
あの客、何者なのだろう。
神宮司編集長と懇意のようだが、学生時代の同級生か何かなのだろうか。
あるいは戦時中、同じ部隊に所属していたとか、そういうことなのかもしれない。
へんてこりんな格好をしているけど、着ているものはそれなりに上等そうに見えるし、そこはかとなく品もいい。
いろいろ想像を巡らせているうちに、いつのまにかうとうとしてしまっていた。
暑かろうと寒かろうと、どこでも寝られるのが私、春野うずらの特技なのだ。
「あのう、事務員さん。確か、春野うずらさんとか、言いなさったか」
ふと気がつくと、客が呼んでいた。
ヤバい、よだれが顔に。
「は、はいっ!」
頬を手の甲で拭って椅子から飛び上がると、今まさにちょうど客が出入り口のドアを開けるところだった。
「編集長、なかなかおいでにならないので、また出直すとしますわ。ああ、名簿と手記は置いていくので、神宮寺氏が出社したら、必ず渡してください。くれぐれも、お願いしますよ」
私は言葉を濁し、視線を宙にさ迷わせた。
ここ、夢幻出版は、カストリ雑誌専門の三流出版社である。
売り上げの主軸は、『異端倶楽部』。
幽霊話から未解決の殺人事件まで、酒のツマミになる下世話なネタがてんこもりの風俗雑誌だ。
特に人気が高いのは、前者のお化けや幽霊ネタ。
殺伐とした時節柄、大衆は刺激的な記事に飢えている。
それに、なんせまだ戦後5年しか経っていないから、その手の心霊譚には事欠かないのである。
そんなものに、特攻兵の名簿と手記というのは、何か取り合わせが大きく違う気がするのだけれど…。
確かに、昨年終了した極東軍事裁判以降、旧軍部への批判が再燃しているだけに、特攻兵たちの手記をまとめて本にするというのはいい考えかもしれない。
でも、少なくとも、それをやるのはうちではない気がするのだ。
客を名ばかりの”応接間”に残し、自分の席に戻って、改めて、それにしても、と思う。
あの客、何者なのだろう。
神宮司編集長と懇意のようだが、学生時代の同級生か何かなのだろうか。
あるいは戦時中、同じ部隊に所属していたとか、そういうことなのかもしれない。
へんてこりんな格好をしているけど、着ているものはそれなりに上等そうに見えるし、そこはかとなく品もいい。
いろいろ想像を巡らせているうちに、いつのまにかうとうとしてしまっていた。
暑かろうと寒かろうと、どこでも寝られるのが私、春野うずらの特技なのだ。
「あのう、事務員さん。確か、春野うずらさんとか、言いなさったか」
ふと気がつくと、客が呼んでいた。
ヤバい、よだれが顔に。
「は、はいっ!」
頬を手の甲で拭って椅子から飛び上がると、今まさにちょうど客が出入り口のドアを開けるところだった。
「編集長、なかなかおいでにならないので、また出直すとしますわ。ああ、名簿と手記は置いていくので、神宮寺氏が出社したら、必ず渡してください。くれぐれも、お願いしますよ」
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説

鎌倉最後の日
もず りょう
歴史・時代
かつて源頼朝や北条政子・義時らが多くの血を流して築き上げた武家政権・鎌倉幕府。承久の乱や元寇など幾多の困難を乗り越えてきた幕府も、悪名高き執権北条高時の治政下で頽廃を極めていた。京では後醍醐天皇による倒幕計画が持ち上がり、世に動乱の兆しが見え始める中にあって、北条一門の武将金澤貞将は危機感を募らせていく。ふとしたきっかけで交流を深めることとなった御家人新田義貞らは、貞将にならば鎌倉の未来を託すことができると彼に「決断」を迫るが――。鎌倉幕府の最後を華々しく彩った若き名将の清冽な生きざまを活写する歴史小説、ここに開幕!
鷹の翼
那月
歴史・時代
時は江戸時代幕末。
新選組を目の敵にする、というほどでもないが日頃から敵対する1つの組織があった。
鷹の翼
これは、幕末を戦い抜いた新選組の史実とは全く関係ない鷹の翼との日々。
鷹の翼の日常。日課となっている嫌がらせ、思い出したかのようにやって来る不定期な新選組の奇襲、アホな理由で勃発する喧嘩騒動、町の騒ぎへの介入、それから恋愛事情。
そんな毎日を見届けた、とある少女のお話。
少女が鷹の翼の門扉を、めっちゃ叩いたその日から日常は一変。
新選組の屯所への侵入は失敗。鷹の翼に曲者疑惑。崩れる家族。鷹の翼崩壊の危機。そして――
複雑な秘密を抱え隠す少女は、鷹の翼で何を見た?
なお、本当に史実とは別次元の話なので容姿、性格、年齢、話の流れ等は完全オリジナルなのでそこはご了承ください。
よろしくお願いします。

織田信長IF… 天下統一再び!!
華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。
この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。
主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。
※この物語はフィクションです。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる