散らない桜

戸影絵麻

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#3 来訪者①

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 聖暦1950年、すなわち、照和25年6月下旬のある日の午後ー。

 私こと春野うずら(♀)25歳は、事務所の窓から銀座の街並みを見下ろしていた。

 ここは、夢幻出版なる、三流雑誌の編集部。

 出版社といっても、雑居ビルの2階にひと部屋借りただけの文字通りの零細企業で、社員は社長の神宮寺清磨の下、ほんの数名しかいない。

「はああ、タイクツ」

 事務机に頬杖をつき、あたしは大袈裟にため息をついた。

 とはいえ、この部屋にはそのため息を聞きつけて声をかけてくれる者もいない。

 取材やら営業やらで、社員たちは皆、外出中なのだ。

 社長の神宮寺も、今のところまだ、出勤していなかった。

 私は自称元華族の優男の顔を脳裏に思い浮かべた。

 神宮寺清磨はその名の通り詐欺師みたいな男である。

 ちょっと顔立ちがいいからといって、世の中を見下している節がある。

 終戦後5年。

 神宮寺のイケメン顔を脳裡から抹消し、銀座の風景に視線を戻しながら私は思う。

 今年は空梅雨で、6月というのに毎日がカンカン照りだ。

 そのぎらつく陽射しの下、平日とはとても思えないほど、たくさんの人が行き交っている。

 5年前とはくらぶべくもない、平和そのものの風景だった。

 最近になって、ようやく復興が肌で感じられるようになってきたと思う。

 新聞によると、お隣の半島で始まった同族戦争がその原因だということで、これを特需景気と呼ぶらしい。

 GHQはまだ居座っているけど、噂では我が国の独立が認められる日も時間の問題だということだ。

 つい最近発表のあった、警察保安隊の設立もその証拠のひとつらしい。

 それにしても、暑かった。

 窓を全開にして、扇風機もつけているのだけれど、なんせ外に風がないので空気がこもってたまらない。

 事務所を開けて近くのパーラーに氷水でも飲みに行こうか。

 本気でそう思った矢先ー。

「ごめんください」

 ノックの音とともに、ドアの外から消え入りそうな声が聞こえてきた。

 
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