汚れちまった悲しみに、きょうも血潮が降り注ぐ

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
53 / 58

#52 急襲

しおりを挟む
 ガチャリ。
 内側からチェーンの外れる音がして、5センチほどドアが開いた。
 隙間から覗いたのは、もじゃもじゃの髪と、その間で光る充血した目。
「ハルト、さん…?」
 そう、相手の名を口にのぼせた、その瞬間だった。
 青黒いハルトのむくんだ顔が、突如として芙由子の視界の中で絵の具を溶いたように歪み、渦を巻き始めた。
 あ。
 芙由子は凍りついた。
 こ、これは・・・。
 間違いなかった。
 久しぶりに感じるあの感覚。
 悪意だ。
 すさまじい悪意が、ほとんど物質と化して、芙由子の顔に吹き付けてきたのだ。
 逃げようとした時には、もう手遅れだった。
 だしぬけにドアが開き、手首を掴まれ、芙由子はすごい力で部屋の中に引っ張り込まれた。
 ハルトの手を振り切った勢いで、身体が前につんのめる。
 半ば倒れるようにして部屋を突っ切ると、窓を覆う分厚いカーテンにつかまった。
 瞬間、巧との約束が脳裏によみがえった。
 カーテンの裏側に手を突っ込み、ガラスの表面を手探りする。
 指にでっぱりが引っかかり、それを力任せに下に引き下げた。
 クレセント錠が半回転して、サッシ窓が開錠されるのがわかった。
 これでいい。
 とりあえず、これで退路は確保した。
 カーテンにもたれ、身体をひねると、今まで目に入らなかった異様な光景が視界に飛びこんできた。
 ゴミだらけの部屋の中、血だらけの人形が倒れている。
 人形は裸で、あろうことか、股間と尻の2か所にアダルトグッズらしきものが突き刺さっている。
「ひ、比奈ちゃん・・・」
 芙由子は両手で口を押さえた。
 壊れた人形と見えたのは、全裸に剥かれた比奈だった。
 比奈はうつろに目を開き、宙に視線をさ迷わせている。
 死んではいないようだが、精神が崩壊してしまったのか、芙由子の声にも何の反応も示さない。
「比奈ちゃんに、何をしたの?」
 カップ麺の空容器を踏んで近づいてくるハルトに向かって、芙由子は叫んだ。
 ハルトは裸だった。
 乳房のようにぜい肉の垂れた胸には醜い胸毛が生え、脂肪でたるんだ腹の下に渦巻く剛毛の中から、不気味な赤黒い肉の棒がそそり立っている。
 その先端は毒キノコの傘のように膨らんで、粘液でヌレヌレと光沢を帯びている。
「見りゃ、わかるでしょ」
 甘えん坊のような口調で、ハルトが言った。
「比奈ちゃんを喜ばせてる最中だったんだよ」
「ひ、ひどい・・・」
 にわかには目の前の光景が信じられなかった。
 児童虐待に程度の差などないと思っていたが、これは明らかに岩田正治の時よりも凄惨だった。
「でもね、比奈ちゃんはまだ小さいから、なかなか気持ちよくなってくれないんだ。だから、僕も正直疲れちゃってたとこなんだよね」
「近寄らないで!」
 コートの前を合わせて、芙由子は叫んだ。
 ハルトの全身から噴き出す悪意は、今や芙由子に向けられている。
 しかも、その総量ときたら、生半可なものではない。
「お姉さんなら、きっとそんなことないよね」
 ハルトの手には、何か黒い物体が握られている。
「僕の心からの愛撫に、きっと応えてくれるよね」
 あれは、スタンガン・・・?
 ようやくそれに気づいた時には、すでに遅かった。
 意識が吹っ飛ぶような衝撃を首筋に感じ、次の瞬間、芙由子は丸太のように昏倒していた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

視える棺2 ── もう一つの扉

中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。 影がずれる。 自分ではない"もう一人"が存在する。 そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。 前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。 だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。 "棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。 彼らは、"もう一つの扉"を探している。 影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者—— すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。 そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。 "視える棺"とは何だったのか? 視えてしまった者の運命とは? この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

処理中です...