汚れちまった悲しみに、きょうも血潮が降り注ぐ

戸影絵麻

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#48 準備

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 雨樋から取り出した包丁は、すっかり錆びてしまっていた。
 最初はなぜそこにそんなものが隠されていたのかわからなかったが、手に取って見ているうちに思い出した。
 あの時は簡単だった。
 洗濯竿の先にこれを紐で固く縛りつけ、ベランダから身を乗り出し、真下で芙由子を組み伏せていた岩田正治のうなじをひと突きした。
 事が終わると紐を外し、竿を元の位置に戻して包丁を外壁を伝う雨樋の中に隠したのだ。
 が、今度はあの時のようにうまくいくとは限らない。
 警戒厳重な一軒家のこと。
 チャンスは一度しかないだろう。
 家に入る方法はいくらでもある。
 が、問題は、同行する芙由子の眼をいかに欺くかだ。
 いっそのこと、芙由子を完全に味方につけてしまうという手もある。
 そのつもりで、芙由子の好意に応える形でこの前貞操を奪っておいたのだ。
 だが、それは最後の手段として取っておくべきだろう。
 できるなら、殺害の現場は誰にも見られたくはない。

 巧はキッチンに立つと、食器入れから新しい包丁を抜き取った。
 妹の乃亜がこの前買ってきたものである。
 その乃亜は、明日は学校が休みということで、隣室で寝息を立てている。
 シャワーも浴びず、全裸で眠ってしまったのは、いつものことだ。
 お兄ちゃんの匂いを消したくないから。
 行為が終わると、巧がこぼした体液を愛おしむように飲み干して、媚びるような口調で、必ず乃亜は言う。
「父さんや母さんに知られたら、殺されるぞ」
 何度言っても、のぼせ上った乃亜には効き目がない。
「いいよ、その時は、お兄ちゃんと一緒に心中しちゃうもん」
 乃亜は笑うが、冗談じゃない、と巧は思う。
 芙由子も乃亜も、女なんてしょせん皆道具みたいなものだ。
 道具の仕出かした不始末のせいで、なぜ”神”である俺が死なねばならぬのだ。

 新しい包丁をコートの内ポケットに隠すと、巧は水道の蛇口から直接水を口に含み、何度もうがいをした。
 口の中に、まだ乃亜の愛液の味が残っていることにふと気づいて、気分が悪くなったからだった。
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