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#44 禁忌
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比奈は怯えていた。
「じゃあ、ハルト、ママは仕事だから、比奈ちゃんのこと、頼んだわよ」
そう言い残して、やさしそうな女の人が家を出ていくと、それまで無言だった男の態度が急変したのだ。
「服を脱げ」
比奈の前に仁王立ちになると、男が言った。
もじゃもじゃの長髪の間から、気味の悪い眼が片方だけのぞいている。
男はいつのまにか下着姿になっている。
ぜい肉に覆われた醜い体型である。
まだ若いのに、下腹が突き出ている。
手足は退化したように細く短く、太った蜘蛛のように見える。
何日も変えていない汚れた下着の前が醜悪に膨らみ、体液で濡れ始めていた。
「いや」
比奈は部屋の隅で膝を抱えて縮こまった。
このひと、変。
本能的に、そう感じていた。
会った時からそうだった。
男の比奈を見る目は尋常ではなかった。
父とはまた違う種類の恐怖。
それが何なのかはわからない。
が、少なくとも男は比奈を子どもとして見ていない。
そのぎらついた目には、何かほかのものに映っているようなのだ。
「いやだと? おまえ、自分がどんな立場なのかわかってんのか? おまえは僕の妹なんだ。妹が兄の命令に逆らっていいと思ってるのか?」
男が耳障りなキイキイ声で言った。
短気な性格らしく、むくんだ顔が怒りに赤く紅潮している。
わたしに、おにいちゃんなんていない。
幼い比奈にも、それくらいわかる。
弟ならいたけど…。
そういえば、翔太、あれからどうしちゃったんだろう?
「ほら、早く言うことを聞くんだよ」
男が比奈の肩をつかんだ。
「聞けないなら、僕が脱がしてやってもいいんだぞ」
比奈は新しく買ってもらった水色のワンピースを着ている。
施設からこの家に来る途中、あの女の人がデパートに寄って買ってくれたのだ。
女の人は、親切で温かく、とてもいいひとだった。
だが、なぜかこの気味の悪い息子にはひどく甘かった。
家に帰りつくと、次第に男のほうがこの家庭の主人であることがわかってきた。
母親はひとり息子の言いなりなのだ。
だから、男が比奈に変な目を向けても、それを咎めようとしなかった。
それどころか、息子の要求を呑んで、比奈を男と同じ部屋に住まわせようとする始末だった。
「いや。触らないで」
ますます身を縮こまらせる比奈。
「このガキ…どうやら、お仕置きの必要がありそうだな」
歯軋りするような口調で、男がつぶやいた。
「こうなったら、松村家のレディとしてのたしなみってもんを、僕が身体で教えてやる」
腹に衝撃が来て、比奈は苦痛にうめきながら、床に転がった。
男がこぶしで殴ってきたのだ。
そう理解できたのは、更に足で脇腹を蹴られてからのことだった。
「じゃあ、ハルト、ママは仕事だから、比奈ちゃんのこと、頼んだわよ」
そう言い残して、やさしそうな女の人が家を出ていくと、それまで無言だった男の態度が急変したのだ。
「服を脱げ」
比奈の前に仁王立ちになると、男が言った。
もじゃもじゃの長髪の間から、気味の悪い眼が片方だけのぞいている。
男はいつのまにか下着姿になっている。
ぜい肉に覆われた醜い体型である。
まだ若いのに、下腹が突き出ている。
手足は退化したように細く短く、太った蜘蛛のように見える。
何日も変えていない汚れた下着の前が醜悪に膨らみ、体液で濡れ始めていた。
「いや」
比奈は部屋の隅で膝を抱えて縮こまった。
このひと、変。
本能的に、そう感じていた。
会った時からそうだった。
男の比奈を見る目は尋常ではなかった。
父とはまた違う種類の恐怖。
それが何なのかはわからない。
が、少なくとも男は比奈を子どもとして見ていない。
そのぎらついた目には、何かほかのものに映っているようなのだ。
「いやだと? おまえ、自分がどんな立場なのかわかってんのか? おまえは僕の妹なんだ。妹が兄の命令に逆らっていいと思ってるのか?」
男が耳障りなキイキイ声で言った。
短気な性格らしく、むくんだ顔が怒りに赤く紅潮している。
わたしに、おにいちゃんなんていない。
幼い比奈にも、それくらいわかる。
弟ならいたけど…。
そういえば、翔太、あれからどうしちゃったんだろう?
「ほら、早く言うことを聞くんだよ」
男が比奈の肩をつかんだ。
「聞けないなら、僕が脱がしてやってもいいんだぞ」
比奈は新しく買ってもらった水色のワンピースを着ている。
施設からこの家に来る途中、あの女の人がデパートに寄って買ってくれたのだ。
女の人は、親切で温かく、とてもいいひとだった。
だが、なぜかこの気味の悪い息子にはひどく甘かった。
家に帰りつくと、次第に男のほうがこの家庭の主人であることがわかってきた。
母親はひとり息子の言いなりなのだ。
だから、男が比奈に変な目を向けても、それを咎めようとしなかった。
それどころか、息子の要求を呑んで、比奈を男と同じ部屋に住まわせようとする始末だった。
「いや。触らないで」
ますます身を縮こまらせる比奈。
「このガキ…どうやら、お仕置きの必要がありそうだな」
歯軋りするような口調で、男がつぶやいた。
「こうなったら、松村家のレディとしてのたしなみってもんを、僕が身体で教えてやる」
腹に衝撃が来て、比奈は苦痛にうめきながら、床に転がった。
男がこぶしで殴ってきたのだ。
そう理解できたのは、更に足で脇腹を蹴られてからのことだった。
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