35 / 58
#34 質問
しおりを挟む
芙由子の脳裏に、監禁されたあの部屋で見たノートの文字が浮かんだ。
覚えたてのひらがなと漢字を使って、比奈が一生懸命書いたであろう、あの標語のようなもの。
いち いたいときはいたいといえ。
に いたいときは、なけ。
さん きずを、なおすな
よん まい日、ひらがなとかんじのれんしゅうをしろ
ご まいあさ、四じにおきて、くるしくなるまでたいそうをしろ
ろく ごはんは一日、いっかいだけ
なな かってにそとにでるな
はち パパとママにさからうな
く まい日、おふろとといれのそうじをしろ
とお へんじのときいがいは、くちをきくな
苦い思いが込み上げてくる。
おそらく比奈は、奴隷のような生活を強いられていたに違いない。
ともすれば漏れそうになる嗚咽に耐えていると、ひどく優しい口調で巧が言った。
「とにかく、一度比奈ちゃんに会いに行ってみませんか? 施設はこの市内にあります。公共交通機関で行けない距離じゃない」
「そうですね」
ようやく芙由子は微笑むことができた。
「今週なら、私はいつでも。相原さんの都合のいい日を教えてください」
職場には来週から復帰すると言ってある。
自由に身体を動かせるとしたら、今だ。
「じゃ、日曜日にでも、どうですか。迎えに来ますよ」
「お願いします」
「ああ、ずいぶん長居をしてしまったようです。では、僕はこれで」
立ち上がった巧を玄関まで送った。
「あの」
ふと思いついて、芙由子はたずねた。
「岩瀬正治を殺したの、誰だと思いますか?」
靴を履こうとしていた巧の動きが、止まった。
振り向いたその顔には、なんだか呆けたような表情が浮かんでいる。
虚を突かれた、とでもいうのか…。
「さあ…」
巧が首を横に振った。
「ちょうどあの時、妹が来てたんですよ。だから、事件のことは、救急車のサイレンを聞くまで、まるで気づかなかったんです」
覚えたてのひらがなと漢字を使って、比奈が一生懸命書いたであろう、あの標語のようなもの。
いち いたいときはいたいといえ。
に いたいときは、なけ。
さん きずを、なおすな
よん まい日、ひらがなとかんじのれんしゅうをしろ
ご まいあさ、四じにおきて、くるしくなるまでたいそうをしろ
ろく ごはんは一日、いっかいだけ
なな かってにそとにでるな
はち パパとママにさからうな
く まい日、おふろとといれのそうじをしろ
とお へんじのときいがいは、くちをきくな
苦い思いが込み上げてくる。
おそらく比奈は、奴隷のような生活を強いられていたに違いない。
ともすれば漏れそうになる嗚咽に耐えていると、ひどく優しい口調で巧が言った。
「とにかく、一度比奈ちゃんに会いに行ってみませんか? 施設はこの市内にあります。公共交通機関で行けない距離じゃない」
「そうですね」
ようやく芙由子は微笑むことができた。
「今週なら、私はいつでも。相原さんの都合のいい日を教えてください」
職場には来週から復帰すると言ってある。
自由に身体を動かせるとしたら、今だ。
「じゃ、日曜日にでも、どうですか。迎えに来ますよ」
「お願いします」
「ああ、ずいぶん長居をしてしまったようです。では、僕はこれで」
立ち上がった巧を玄関まで送った。
「あの」
ふと思いついて、芙由子はたずねた。
「岩瀬正治を殺したの、誰だと思いますか?」
靴を履こうとしていた巧の動きが、止まった。
振り向いたその顔には、なんだか呆けたような表情が浮かんでいる。
虚を突かれた、とでもいうのか…。
「さあ…」
巧が首を横に振った。
「ちょうどあの時、妹が来てたんですよ。だから、事件のことは、救急車のサイレンを聞くまで、まるで気づかなかったんです」
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

視える棺2 ── もう一つの扉
中岡 始
ホラー
この短編集に登場するのは、"視えてしまった"者たちの記録である。
影がずれる。
自分ではない"もう一人"が存在する。
そして、見つけたはずのない"棺"が、自分の名前を刻んで待っている——。
前作 『視える棺』 では、「この世に留まるべきではない存在」を視てしまった者たちの恐怖が描かれた。
だが、"視える者"は、それだけでは終わらない。
"棺"に閉じ込められるべきだった者たちは、まだ完全に封じられてはいなかった。
彼らは、"もう一つの扉"を探している。
影を踏んだ者、"13階"に足を踏み入れた者、消えた友人の遺書を見つけた者——
すべての怪異は、"どこかへ繋がる"ために存在していた。
そして、最後の話 『視える棺──最後の欠片』 では、ついに"棺"の正体が明かされる。
"視える棺"とは何だったのか?
視えてしまった者の運命とは?
この物語を読んだあなたも、すでに"視えている"のかもしれない——。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる