汚れちまった悲しみに、きょうも血潮が降り注ぐ

戸影絵麻

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#25 抵抗

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「比奈、おまえもおまえだ! まさか、この女と一緒に逃げようとしてたんじゃないだろうな!」
 男の足が一閃して、比奈の脇腹を蹴りつけた。
 毬のように転がって、比奈がテーブルから転げ落ちる。
 その髪の毛を引っ張って立たせると、男がこぶしで比奈の顔を殴りつけた。
 口から血を吐き、ぼろ人形のように転倒する比奈。
「やめて!」
 気がつくと、芙由子は立ち上がっていた。
 尚も比奈に殴りかかろうとする男の腰に、後ろからしがみつく。
「くそ! 放せ!」
 男の肘が芙由子のうなじに降り降ろされた。
 激痛に頭が痺れ、耳の奥がキーンと鳴った。
 だが、芙由子は腕を放さなかった。
 このままでは、比奈ちゃんが殺される。
 そうはさせるもんか。
 あの子は、私が守るんだ。
 しがみつく芙由子を男が抱え上げようとする。
「くっ!」
 濡れた畳に、その足がすべった。
 チャンスだった。
 バランスを崩しかけた男を、芙由子は全体重をかけて押した。
「うわっ」
 もつれるようにして、倒れ込む。
 男の身体が、ふすまを突き破った。
 ふたり、折り重なるようにして、隣の部屋に突っ込んだ。
「な、何よ!」
 テレビの前から、幼児を抱えた女が振り向いた。
 髪kを茶色に染めた、比奈の母親である。
「あんたたち、何してるの?」
「捕まえろ!」
 男が怒鳴る。
「その女、逃げようとしやがった! 俺たちのこと、警察に垂れ込むつもりなんだ!」
 芙由子は素早く男から離れ、サッシ窓に駆け寄った。
 2対1では、勝ち目はない。
 ここはひとまず自分だけ逃げて、すぐに応援を連れて引き返すしかないだろう。
 警察が動かなくても、あの青年、この部屋の上に住んでいる彼なら、また力を貸してくれるに違いない。
 後ろ手に、サッシ窓のクレセント錠を開けた。
 が、その動作を男に見られてしまったようだ。
「させるか!」
 うなりを上げて、何かが飛んできた。
 陶器製の灰皿が、間一髪、芙由子の頬をかすめて窓をぶち割った。
 冷たい風が渦を巻いて吹き込んできた。
 降り注ぐガラスの破片から腕で顔をかばった時だった。
 けものじみたうめき声とともに、男が飛びかかってきた。
 首を絞められ、芙由子は大きくのけぞった。
 背中が窓の割れた部分に突っ込むのがわかった。
「きゃあ!」
 身体ごと窓ガラスをぶち破り、ベランダめがけて落下しながら、芙由子は絶叫した。
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