汚れちまった悲しみに、きょうも血潮が降り注ぐ

戸影絵麻

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#24 脱走

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 窓は押して外に開くタイプだった。
 U字型の金具にはまったレバーを水平にしてはずし、押し開ける仕組みである。
 が、やってみてわかったのは、窓が90度完全に開かないことだった。
 いくら押しても、60度くらい開いたところで止まってしまう。
 隙間は40センチあるかないかである。
 それでもなんとか頭を通し、次に身体を斜めにして右腕を通した。
 びりっと音がして、ブラウスが破れた。
 水平になった取っ手に服がひっかかって、障害物と化してしまっている。
 いったんテーブルの上に下りると、芙由子は今さっき着たばかりのブラウスとスカートを脱ぎ捨てた。
 できればブラジャーも取りたいところだったが、さすがにそれは断念した。
 隅にうずくまっている比奈と、眼が合った。
 大丈夫?
 そういいたげに小首をかしげている。
「大丈夫だよ。今度こそうまくいくから」
 ひきつった笑顔で答えて、窓に向き直る。
 頭、右腕、左腕と出していき、下をのぞいた。
 運のいいことに、こちら側にもベランダが続いていた。
 通りに沿った長辺から、1メートルほど鉤の手に曲がっているのだ。
 これなら、頭から落ちても、大したことはない。
 うまくやれば、肩の打撲程度で済むはずだ。
 芙由子は比奈の身体を縛ったロープの端を垂らした。
 あとは一刻も早くこの窓を抜け出してベランダに下り、ロープで比奈を引っ張り上げればいい。
 比奈が窓から顔を出したら、もうこっちのものだ。
 この高さなら、なんとか下りるのに手を貸してやれるだろう。
 少し気が楽になって、窓枠をつかんだ手に力をこめた瞬間だった。
 ふと、比奈の悲鳴を聞いたような気がして、芙由子は肩越しに振り向こうとした。
 すごい力で両足首をつかまれたのは、その時だった。
 身体がずるずると引き下ろされ、むき出しの背中が窓枠にこすれて火が出るように痛んだ。
 あっと思った時には、したたかにテーブルの天板に胸と顎を打ちつけていた。
 芙由子がテーブルの端をつかむより早く、身体が大きく反転した。
 足を持って振り回されたことに気づいたのは、畳の上を滑って後頭部を柱にぶつけてからだった。
 目と鼻の先に、足が見えた。
 靴下も履いていない、扁平な男の足だ。
「そんなことだろうと思ったよ」
 首をねじって振り仰ぐと、男が芙由子を見下ろしていた。
 眼鏡の奥の眼は、獲物を前にした蛇のそれのように冷ややかだ。
「人の家に忍び込み、ションベンで汚した挙句、今度は子供をさらう気か? おまえ、どこまで狂ってるんだよ」
 男の足と足の間に、光が見える。
 ふすまが開いて、隣の部屋の明かりが漏れてきているのだ。
 外に出る道は、もうあそこしかない。
 絶望的な気分で、芙由子は思った。
 あの部屋を通ってサッシ窓からベランダへ出るか、それともなんとか玄関へまで辿り着いて、そこから外に脱出するかのどちらかだ。
「起きろよ」
 男が腕を伸ばし、芙由子の髪をつかんだ。
「な、なにするの?」
 芙由子は痛みに身を縮めた。
「決まってるだろうが。お仕置きだよ」
 にやにや笑って、男が言った。

 
 
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