汚れちまった悲しみに、きょうも血潮が降り注ぐ

戸影絵麻

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#22 標語

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 不思議な現象だった。
 バツ印に傷をつけられた芙由子の乳房。
 それが…。
 比奈の小さな指先が触れた所から、表皮の傷が塞がり、嘘のように血のにじみが止まっていく。
 それと並行して、初めからなかったかのように痛みが引いていき、呼吸が急速に楽になった。
 痺れたような頭で、芙由子は反芻していた。
 比奈の目の周りのあのあざ…。
 ひょっとすると、あれもこの子が自分で…治した…?
 芙由子は、驚きに見開いた眼を、おそるおそる比奈に向けた。
「し、信じられない。ほ、ほんとに、治っちゃった…。でも、これ、どういうこと?」
 比奈が悲しげに首を横に振った。
 できるけど、なぜできるのか、自分でもわからない。
 そんな表情をしている。
「パパとママは、嫌いなの」
 やがて、ぽつんと比奈が言った。
 そして、押し入れに戻っていくと、表紙の破れかけた大学ノートを持ってきた。
「なあに?」
 比奈が開いて見せたのは、大きなひらがなで書いた標語みたいなものだった。
 ちびた鉛筆で、よほど一生懸命書いたのだろう。
 中身を読む前から、その姿が想像できるようで、芙由子はまたしても泣けてきた。

 いち いたいときはいたいといえ。
 に  いたいときは、なけ。
 さん きずを、なおすな
 よん まい日、ひらがなとかんじのれんしゅうをしろ
 ご  まいあさ、四じにおきて、くるしくなるまでたいそうをしろ
 ろく ごはんは一日、いっかいだけ
 なな かってにそとにでるな
 はち パパとママにさからうな
 く  まい日、おふろとといれのそうじをしろ
 とお へんじのときいがいは、くちをきくな

「ひどいね…」
 読み終えるなり、芙由子はノートを裸の胸に抱きしめた。
 この子は、いったいどんな思いで、これを書いたのだろう。
 そう考えるだけで、胸が張り裂けそうに痛んだ。
「あのね。比奈ちゃん」
 少女の眼の高さに視点を合わせると、芙由子は噛んで含めるように、やさしい口調で話しかけた。
「もしも、もしもだよ。お姉ちゃんが、一緒に逃げようって言ったら、比奈ちゃんはどうする?」
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