臓物少女

＃52 四天王 その一⑫

　汚物の山から突き出た裸の尻はピクリとも動かない。
　尻ノイドが死んだのは明白だ。
　もう一度安全を確認すると、明は行動を開始した。
　糞便の海の中を、中央広場の真ん中にある人工池に向かって行軍し始めたのである。
　防毒マスクをつけているからこそ、為せる技だった。
　陽下まである”泥”をかき分けるようにして、必死で進む。
　尻尾の位置からして、紗英があの水面下に潜んでいるのは確かだった。
　助けなければ、と痛切に思う。
　自分は彼女に嫌われている。
　それはもう、火を見るよりも明らかだ。
　だからこそ、助けるのだ。
　そうすれば、さよなら逆転ホームランも、十分あり得る。
　野球のたとえがオジサン臭いと言うならば、ワンチャンあるんじゃね？　というべきか。
　なんにせよ、今後も紗英とはひとつ屋根で暮らすことになるだろう。
　ならば、ここで恩を売っておいて、後で取引の材料にしないという手はない。
　明は非モテ男特有のゲスな本能で、素早くそう判断したのだった。
　人工池にに近づくと、不思議なことに水面は油膜でギトギトだった。
　油膜が照明に反射して中はほとんど見えないが、何か大きなものが沈んでいるのはわかった。
「紗英ちゃん？」
　声を潜めるようにして、聞いてみた。
「だ、だいじょうぶか？　独りで出られないなら、手を貸すけど」　
　と。
　ぷくり。
　泡がいくつか浮き上がり、油膜に覆われた虹色の水面に桜色の可憐な唇だけが浮き上がった。
　確かに紗英のだ。
　そう明は確信した。
　いつぞやの夜、あの唇を夢想してついつい夢精してしまった黒歴史的な記憶が生々しい。
「五分でいい」
　ふいにその唇が動き、紗英の声を紡ぎ出した。
「ううん、平気。それより、お願い。五分でいいの。警官隊や機動隊の注意を、この噴水から逸らしてほしい」
　苦渋に満ちた声だった。
「このままじゃ、あたし、ここから出られないんだ。だから、一生のお願い」