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第1章 覚醒

#23 王都ミネルヴァ⑫

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「そんな、困ります!」

 ルビイの腰にしがみついたまま、大声を上げたのはターニャだった。

「命の恩人に何のお礼もせず帰してしまうなど、それこそオズワルド家の名折れです。そうでしょ、ノックス」

「い、いや、そう言われましても、この者はあの憎っきルビイの係累…。城に連れて行くなど、もってのほか」

 先にハーレーを降りた老執事が、腰をさすりながら顔をしかめた。

「どうしてなの? ルビイは魔王に単身戦いを挑んで殉死した英雄なんでしょう? お城にお連れすれば、お父様もお喜びになるはずだわ!」

「そ、それは…」

 ノックスが忌々しげに横目でルビイをを見た。

「歴史は教科書通りとは限らぬもの。裏にはお嬢様がご存じない忌まわしい秘密が隠されておるものです」

 噛み合わないふたりの会話を聞いているうちに、ルビイにもなんとなく理解できた。

 ターニャの世代は、おそらくルビイの黒歴史を知らないのだ。

 それがあまりにおぞましいものだけに、為政者たちが巧妙に隠蔽してしまったに違いない。

 だから、表の歴史では、ルビイは魔王戦役で命を落とした英雄ということになっているのだろう。

 好都合といえばそうだが、ノックスのように年齢を重ねた者には通用しない詐術である。

 子供がそれを知らないからといって、油断していいはずがない。

「母の話はもういいから」

 ルビイはターニャのか細い腕を腰から外し、軽い身体を抱え上げ、そっと地面に降ろしてやった。

「どの道、母は20年前に死んでいる。私とは何の関係もない」

 何の騒ぎかと、通行人たちがけげんそうにこちらを眺めながら通り過ぎていく。

 中にはターニャの正体に気づいたのか、立ち止まる者もいる。

「でも、あなたはあそこにいた。まだお母さまのことを忘れていない証拠だわ。ねえ、もっと話して。あなたのお母さまのことを。それから、あなた自身のことも」

 ターニャは相変わらずハーレーから離れようとしない。

「いいから、あの執事の言うことを聞きなさい。ある意味、彼は正しいの。いわば私は疫病神。この街で歓迎されるなんて思えない」

 ターニャのブロンドの髪に手を置いてルビイが諭すように言った時だった。

 目ぬき通りを丸い大きな影が近づいてくるのが、ルビイの視界の隅に入ってきた。

 豪奢な輿を背中に乗せた、成獣の白象である。

「おお、マリウス様…」

 いち早く象に気づいて、ノックスがひとりごちた。

 マリウス?

 振り向いたルビイの眼が、輿から立ち上がる華奢な人影を捉えた。

 瞬間、心臓に静電気が走ったような気がした。


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