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#74 隣家の女⑪

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 今日何度目かのオルガスムスを迎え、琴子は放埓な裸体を、砂浜に打ち上げられたイルカのように、ソファの上にぐったりと投げ出していた。
 百メートルを全力疾走した直後のように、すっかり息が上がってしまっている。
 全身汗まみれで、太腿の内側がひどくぬるぬるしてならなかった。
 口の周りと鼻には仁美の淫汁が付着しており、呼吸するたびに一種独特の臭気を鼻孔に送り込んでくる。
 なんだか自分がみじめに思われてならなかった。
 琴子が悲鳴を上げて果てるのを楽しそうに眺めるだけで、仁美は喘ぎ声すらろくに漏らさないのだ。
 これじゃ、私、まるで玩具にされてるみたい。
 最近は、人間そっくりのラブドールが開発されてるって聞いたけど、私はそれと変わらない・・・。
「あら、もう、こんな時間」
 琴子の脇に坐って髪を撫でていた仁美が、壁のアンティークな柱時計を見上げてつぶやいた。
「もう少ししたら、賢太を迎えに行かないと」
 賢太というのは、仁美の息子の名前だろう。
 確か、小学校2年生だと聞いている。
 このマンションの小学生たちは、学校が終わると、みんな分団をつくって集団下校する。
 その通学路に父母が立ち、黄色い旗を振って子どもたちを誘導する姿を、琴子も何度か目にしていた。
 PTAの取り決めで、おそらく仁美もその一員に入っているのだろう。
「待って」
 腰を上げようとした仁美の手を、琴子は握った。
「仁美さん、ずるい」
 つい、恨みがましい台詞が口を突いて出た。
「一緒に気持ちよくなろうって言ったのに、また逝っちゃったのは、私だけ」
「ごめんなさいね」
 尖らせた琴子の唇に軽く指で触れると、仁美が屈託のない笑顔を見せた。
「私、レズプレイ、長いから、ちょっとやそっとのテクニックじゃ、イケないのです。ましてや琴子さん、あなたはこういうの、初めてでしょ?」
「でも・・・」
 琴子はうつむいた。
 屈辱で、息が止まりそうだった。
 つまり、私は下手ということなのだ。
 セックスのテクニックの上手い下手など、これまで考えたことがなかった。
 男相手なら、たいていの者をフェラチオか騎乗位で果てさせることができたのに。
「ひとつだけ聞きたいんですけど」
 潤んだ琴子の瞳を覗き込み、ひそやかな声で仁美が訊いてきた。
「初めてのレズプレイ、どうでしたか? 最初はかなり嫌がってたみたいでしたけど」
「よかった、です」
 琴子は教師に叱られた子どものように、肩をすぼめた。
「女同士が、こんなに素敵だなんて、目からウロコでした」
「そうですか。それを聞いて安心しました」
 満足げに、仁美が微笑んだ。
「じゃあ、今後も続ける気があると、そう考えてもいいのかしら?」
「続けるって・・・な、何をですか?」
「私との関係です。私、働いていませんから、お昼はたいていうちに居ます。あなたさえよければ、いつでも」
「それは・・・」
 琴子は首の付け根まで赤くなった。
 恐ろしい誘惑だった。
 何もされていないのに、勝手に膣口が緩み、淫汁がこぼれるのがわかった。
「ご迷惑なら、無理にとは」
 そっけなく言って、仁美が立ち上がった。
「また別の恋人、探すまでですから」
「別の、恋人・・・?」
「もちろん、女性ですよ。こう見えて、しかるべき場所に顔を出せば、私、意外とモテるので」
「しかるべき、場所?」
「いわゆる、レズビアン・バーですね。たまに行くと、ばったりPTAのお仲間に会うこともあるんですよ。そんな時は、強引に誘われてしまって、つい・・・」
「やめて」
 琴子は無意識のうちにソファをこぶしで叩き、叫んでいた。
「私、毎日でも通いますから、そんな自堕落なこと、しないで」
「言いましたね」
 仁美の口元に、意味ありげな笑みが浮かんだ。
「このままでは、嫌なんです」
 琴子はゆるゆると首を横に振った。
「なんだか、負けたみたいで・・・。自分が、性の道具にされちゃったみたいで・・・」
「そういうことなら、期待しています」
 ねっとりとまといつくような口調で、仁美が言った。
「いつかあなたのその躰で、私を天国まで逝かせてくださいな」




 


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