上 下
8 / 385

#6 パソコンの秘密①

しおりを挟む
 贅沢は承知で、帰りもタクシーを使うことにした。
 身体がというより、精神的な疲れがひどかったからである。
 琴子の暮らすマンションは、総合病院から車で30分ほどの街なかに位置している。
 3年前に買った中古マンションだが、外観はシックな煉瓦色で、周囲の環境も住み心地も申し分ない。
 カードキーでロックを解除し、エレベーターホールへと向かおうとした時、郵便受けの前でうずくまる人影が見えた。
 薄いブルーのワンピースに身を包んだ、細身の女性である。
 あれは、お隣の…。
「朝比奈さん、ですよね?」
 声をかけると、女性が振り向いた。
「ええ。あなたは、お隣の矢部さん?」
 ワンピースの大きく開いた襟元から、深い胸の谷間が覗いている。
 やせた外観からは想像できないほど、豊かな胸の持ち主らしい。
 朝比奈仁美は、琴子の隣に住む主婦である。
 歳は30代前半で、小学生の男の子とふたり暮らしだ。
 夫はいるのかいないのか、あるいは離婚して慰謝料で暮らしているのか、詳しいことはわからない。
 隣同士とはいえ、たまに挨拶する程度で、ほとんどつき合いがないからだ。
「どうなさったんですか? そんなところで?」
 いぶかしく思ってたずねると、
「お部屋の鍵がどこかへ行っちゃって…。さっきまでは確かにあったのに…どうも落としちゃったみたいで」
 郵便受けから郵便を出している途中だったのだろう。
 仁美の頭の上で、金属の扉が開いたままになっていた。
 はみ出た郵便と筒状に丸まった新聞の間に鈍く光るものを見つけて、
「これじゃありませんか?」
 琴子はやおら手を伸ばしてカードキーをつまみ上げ、おろおろするばかりの仁美に渡した。
「まあ、そんなところに」
 仁美が目を丸くする。
「私ったら、もう手に持ってたのね。郵便見てるうちに、忘れちゃったんだわ」
 化粧っ気のない細面の顔が、情けなさそうに歪んだ。
 ほつれ毛が汗で頬ににまといつき、どことなく疲れた色香のようなものを感じさせる。
「よくあることですよ」
 琴子は笑った。
 面白い人だと思う。
 年下ということもあり、なんとなく親近感が持てた。
「私、忘れ物がひどくって」
 一緒にエレベーターに乗ると、肩をすぼめて仁美がつぶやいた。
「だから息子も、忘れ物が多いってよく先生に叱られるんです」
「うちの子も、小学生の頃はそうでした。男の子なんて、みんなそんなものですよ」
「そうでしょうか…。遺伝でないといいんですけど…」
 話しているうちに、5階についた。
 5階のこちら側には、琴子の家と仁美の家しかない。
 マンションの各階は、2住居がセットになって細かく仕切られているのだ。
 仁美が先にエレベーターを降りた。
 その細いうなじに赤い染みを見つけて、琴子はどきりとした。
 キスマーク?
 まさか、こんな昼間っから?
 が、すぐに、人のことは言えない、と打ち消した。
 琴子自身、和夫の病室で、とても他人には言えない体験をしてきたばかりなのだ。
「どうも、ありがとうございました」
 ふと我に返ると、仁美が部屋の前で頭を下げていた。
「何もないところですけど、よければ、ちょっと寄っていきませんか?」
 あどけなさを感じさせる素朴な顔に、柔和な笑みが浮かんでいる。
「え、ええ。そのうちに。ちょっときょうは、急ぎの用があるものですから」
 曖昧な笑みを返して、ドアのロックを解除する。
 そうだ。
 和夫のあの謎の言葉。
 これから、その真偽を確かめてみなければならないのだ。
「そうですか」
 仁美の表情が曇った。
 あわただしく一礼して、琴子は仁美ごと外界をドアの向こうに締め出した。

 
 
 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

【R-18】クリしつけ

蛙鳴蝉噪
恋愛
男尊女卑な社会で女の子がクリトリスを使って淫らに教育されていく日常の一コマ。クリ責め。クリリード。なんでもありでアブノーマルな内容なので、精神ともに18歳以上でなんでも許せる方のみどうぞ。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

【R18】僕の筆おろし日記(高校生の僕は親友の家で彼の母親と倫ならぬ禁断の行為を…初体験の相手は美しい人妻だった)

幻田恋人
恋愛
 夏休みも終盤に入って、僕は親友の家で一緒に宿題をする事になった。  でも、その家には僕が以前から大人の女性として憧れていた親友の母親で、とても魅力的な人妻の小百合がいた。  親友のいない家の中で僕と小百合の二人だけの時間が始まる。  童貞の僕は小百合の美しさに圧倒され、次第に彼女との濃厚な大人の関係に陥っていく。  許されるはずのない、男子高校生の僕と親友の母親との倫を外れた禁断の愛欲の行為が親友の家で展開されていく…  僕はもう我慢の限界を超えてしまった… 早く小百合さんの中に…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

調教専門学校の奴隷…

ノノ
恋愛
調教師を育てるこの学校で、教材の奴隷として売られ、調教師訓練生徒に調教されていくお話

処理中です...