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プロローグ②

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「かあさん」
 突然声をかけられ、琴子は危うく菜箸を取り落としそうになった。
 和夫だった。
 すぐ後ろに立っているようだ。
「なあに? かあさん、今、手が離せないんだけど」
 和夫の声に妙に突き詰めた響きを感じ取り、胸騒ぎを抑えながら、琴子は殊更明るい声を出した。
「俺、もう我慢できないんだ」
 和夫が言い、琴子の空いたほうの手をつかんできた。
 じっとりとした感触に怯えつつ、それでも振り向かないでいると、
「触ってよ」
 和夫がおもむろに琴子の手を引っ張った。
 指に熱く硬いものが触れ、驚いて振り向くと、下半身裸の和夫が頬を上気させて琴子を見た。
 嫌な予感が当たってしまった。
 指に触れたものは、和夫の股間からそそり立つ性器である。
「かあさんがいけないんだ。そんな格好で、身体、見せつけてくるから」
 上ずった声で、和夫が責めた。
「責任取って、触ってよ」
「何よ突然」
 ついきつい口調になって、琴子は言った。
「なにバカなこと言ってるの。私はただ、暑いから…。もう、早く部屋に戻って、宿題でもしてなさい!」
「わかってるくせに」
 和夫がすねたような表情で、琴子を睨んだ。
 和夫のほうが10センチ近く背が高いので、琴子は自然、和夫を見上げることになる。
「俺だってもう、一人前の男だぜ。知ってるだろ? 俺、好きなんだよ。母さんのこと」
「当たり前でしょ。和夫ちゃんと私は、親子なんだから」
 琴子は笑った。
 笑い飛ばそうとしたが、声が不自然に裏返るのがわかった。
「親子とか、そういうのじゃないよ。俺は、ひとりの女として、かあさんのこと…」
 いきなり抱き締められ、琴子はパニックになった。
「いや! 離して!」
 和夫は琴子の尻に猛り立つ強張りを押しつけ、尚も首を伸ばし、唇を奪おうとする。
「いいだろ? とうさん、どうせ遅いんだし。誰も見ていないよ」
「やめなさい!」
 反射的に身をよじった時だった。
 勢い余った和夫の身体が前に泳ぎ、フライパンのへりに手をついた。
 油の煮えたぎるフライパンが跳ね上がり、その内容物が和夫の顔面を直撃したのは、その直後のことだった。
「ぎゃああああっ!」
 すさまじい悲鳴とともに、和夫が後ろ向きに吹っ飛んだ。
 床に転がり、喚きながらのたうち回る。
 顔を覆った両手の指の隙間から白い煙が噴き出し、肉の焼ける匂いが台所いっぱいに立ち上る。
「和夫…」
 琴子は呆然と、足元で痙攣する下半身むき出しのわが子を見下ろした。
 そして場違いにも、ほんの一瞬、自分でも呆れるほど奇妙な想念に囚われた。
 この子の性器、すっかり大人の男のものになってたんだ…。
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