虹とスニーカーと僕

戸影絵麻

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「何よえらそうに、たかが宇宙人の分際で」
 麻美がせせら笑う。
「宇宙人なんて人間のこと虫けらくらいにしか思ってないくせに。映画とかアニメとかではみんなそうなってるじゃないの」
「タマオは違う」
 耐えられなくなって次郎はまた口をはさんだ。
「とにかくリリジウムは君が持ってる。それを渡してくれ。できれば、俺のスニーカーも」
「おあいにくさま。スニーカーは川の中だし、あたしはそんなぶっそうなもの、持ってないし」
「そこにあるじゃないか。それがリリジウムだよ」
 タマオが指差したのは、麻美の胸元だった。
 白いブラウスからのぞいた胸に、赤い宝石をあしらったペンダントが下がっている。
「あんたも馬鹿?」
 麻美があきれたような声を出した。
「これはママの形見なのよ! あたしの大好きだったママの唯一の形見なの! なんでそれをあんたみたいなどこの馬の骨ともわからない宇宙人にあげなきゃならないの?」
「僕の検索によると、リリジウムは二十年前、小さな隕石に含まれてこの地球に落ちてきた。日本のある地方、君のママの故郷の河原にね。ママはきっと子供の頃それを拾って、大切にとっておいたんだと思う」
「だったらどうなのよ! どっちにしろあんたなんかに渡さないわよ!」
 麻美はますます頑なになるばかりだ。
「どうしよう」
 次郎はタマオにささやいた。事態はいっこうに好転の兆しを見せず、悪化の一途をたどっている。
「あとは君次第だ」
 タマオが言った。
「そんなのありかよ」
 次郎はうろたえた。
「元はといえば、お前んとこの宇宙都市とやらが故障するから悪いんだろ? 宇宙人の超能力かなんかで麻美に言うことを聞かせればいいじゃないか」
「それはできない。僕は生命体個人の意志は尊重する。彼女が自分から提供してくれない限り、僕らはリリジウムを入手することはできないんだ」
「そんなこと言ってる場合か」
 次郎はあきれた。
「そんな道徳的な宇宙人なんて聞いたことないよ」
「そういうのは普遍的なものなんだ。地球人も宇宙人も関係ないと思う」
「だけどさ」
「ちょっとそこ!」
 麻美の怒声が飛んできた。
「何をごちゃごちゃ言ってるの! 用が済んだらとっとと出て行きなさいよ!」
「用が済んでないから、まだここにいるんだよ」
 仕方なく、次郎は言った。
「君がリリジウムを渡してくれない限り、俺たちは帰れない。ついでに言えば、俺のスニーカーもだけどね」
「あんたってほんと、くどいわね! もうあたし、警察呼ぶから!」
「あ」
 そのとき、突然タマオの声がした。いつのまにか麻美の横をすりぬけて、勉強机のほうに移動している。
「これが麻美さんのママですね。ふーん、やさしそうで、かわいらしい女の人だ」
[どれどれ」
 次郎は麻美を押しのけ、タマオの脇に歩み寄った。どうせ何を言っても何をしても麻美は怒るのだ。だったら、好きなように行動すべきだろう。
 いかにも女の子らしいムード満載の勉強机の片隅に写真立てがあり、タマオは熱心にそれをのぞきこんでいた。写真に写っているのは麻美に似た女の人と、今目の前にいる実物と比べるとずいぶんやわらかい印象の、麻美自身だった。麻美は小学校低学年くらいだろうか、母親と手をつないで幸せそうな笑顔をそのふっくらした頬に浮かべている。が、次郎の目を引いたのは被写体の二人ではなかった。二人の後ろに見えているのは・・・。
「あれ、お前、なんで俺んちの前にいるわけ?」
 そうなのだ。麻美親子が立っているのは、次郎の今住んでいるアパートの前の空き地なのである。
「そ、それは・・・」
 とたんに麻美の表情が曇った。
「貧乏がうつるから、こんなとこで写真撮っちゃまずいんじゃないの?」
「っるさいわね! 前にそこに住んでたんだからしょうがないでしょ!」
 言ってから、しまった、という顔つきになって口を押さえる。
「なるほど」
 タマオが言った。
 見ると、指先からコードを伸ばして、麻美の机の上にあるパソコンに勝手にアクセスしていた。
「麻美さんのママは、麻美さんを連れてこの家のパパと結婚したんですね。つまり、ママからすれば、再婚だったわけだ。パパも再婚みたいだから、麻美さんのママは後妻ということになるのかな。麻美さんはそれまでママと二人でこのアパートに暮らしていたんだ。現在の次郎君と同じように」
「なんだって?」
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