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#1
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次郎は蒼ざめた。
靴箱の中に、靴がないのだ。
五時間目の体育の授業のあと、ここに入れたばかりだった。つい一時間ほど前のことだから、間違いない。
この前の日曜日、母に買ってもらったばかりの新品のスニーカーだ。
あちこち探し回ったが、見つからない。裸足のまま校庭に出て、念のためにジャングルジムの上まで登ってみたが、そこにもなかった。
「やられた」
次郎は舌打ちをした。なんとなく犯人の見当はつく。いたずらされるのはこれがはじめてではなかった。先週はちょっと席をはずした隙に、ランドセルを窓から校庭に捨てられた。机の中に毛虫を入れられたことも一度や二度ではない。
とにかくあいつ・・・麻美を探して、返してもらおう。そして、なぜこんなことばかりするのか、理由を聞いてみよう。
そう気を取り直し、裸足でもう一度校庭に出ようと足を一歩踏み出しかけた、そのときだった。
「何か探してるの?」
ふいに後ろから声がした。振り返ると、靴箱のかげから妙なものがのぞいていた。毛のない丸い頭。耳が大きく、目がまん丸で、鼻も唇もない。胴は細くて短く、全身鮮やかな緑色をしている。
「わ、なんだお前」
次郎は思わず身構えた。
「何か探してるの?」
ちょこちょこと物陰から姿を現すと、次郎の前に立ってまたそれが言った。身長一メートルくらいで、手足はひょろ長い。丸い顔の下のほうに横長の切れ目があり、しゃべるとそこが開く。どうやら口らしい。
「僕も探しものしてるんだけど、少しなら君の探しもの、手伝ってもいいよ」
「お前、何? 宇宙人とか?」
ゆっくりあとじさりながら、次郎は訊いた。着ぐるみにしてはよくできている。いや、こんな体型の人間、いそうにないから、おそらく着ぐるみではないだろう。
「んー、まあ、そういうことになるかな」
意外とあっさり、それが言った。
「自己紹介したいところだけど、あいにく僕らは認証番号でお互いを識別していて、君らの世界で言う名前に当たるものがないんだ。だから、僕のことは好きに呼んでくれていい」
好きに呼べといわれても・・・。
「じゃ、顔がまん丸だから、タマオ」
次郎が適当に言うと、
「それ、いいね。では、今から僕は、この世界ではタマオだ」
それ=タマオは、満足そうに目を細めた。
「で、どうしたの? ずいぶん困ってるみたいだけど」
「靴がなくなったんだ。たぶん、麻美の仕業だと思う。麻美っていうのは、俺ら六年二組の、いわば番長みたいな女の子なんだけど、どうしてだか、俺を目の敵にしてて。俺がここに転校してきてからずっと、いやがらせばかりしてくるんだ」
「バンチョウ? それって支配者的な存在ってこと?」
「支配者といえばそうかな。だけどタマオは宇宙人の癖になんでそんなに日本語うまいわけ?」
「この惑星はね、大量の情報を電波に乗せて発信し続けてるんだ。それを傍受していれば一ヶ月で地球人の大人以上の知識を得られる。おそらく僕は君より地球についてよく知ってると思うよ。君自身について個人情報も、その気になればいつでも引き出せるしね」
「へえ」
「とりあえず靴なら僕が作ってあげる」
タマオはさらりとそんなことを言うと、腹のあたりを二、三回大きな掌でなでさするようにした。と、ぱかっとふたが開いて、電子レンジのような四角い空洞が現れた。そこに、どこから取り出したのか、灰色の粘土のような物体を放り込むと、元通りふたを閉め、
「ちょっと待てってね」
と、目をとじた。
大して待つほどもなく、チンと音がして、タマオの腹から白い蒸気が立ち上る。
「はい。できたてのほやほやだから少し熱いよ」
タマオが腹から取り出したのは黄色の奇妙の形をした靴だった。なんだか魔法使いのおばあさんの靴に似ている。あまり気が進まなかったが、背に腹は代えられない。はいてみると、確かに少し生温かかったものの、サイズは次郎の足にぴったりだった。
「運動能力アップの効果があるから、けっこう役に立つと思うよ。その気になれば、短距離走で世界新記録が出せるかも」
「そんなのどうでもいいよ。ありがたいけど、でもあのスニーカーはどうしても取り返したいんだ。母さんが無理して買ってくれたやつだから」
「なるほどね。じゃ、とにかくその麻美って子を探しに行こう」
「もう家に帰ってるかな。あいつ、毎日、塾行ってるみたいだから。ああ、でも俺、あいつんち、どこか知らないんだ」
「大丈夫。検索すればわかるから」
タマオが目をとじた。両耳がパラボラアンテナみたいに、ゆっくりと回転し始める。
「・・・なるほど。そうか。わかった」
タマオはそんなことをブツブツつぶやいていたが、やがてぱっと目を開くと、
「OK。準備完了。いつでも行けるよ」
そう、きっぱりした口調で言った。
「便利なやつだなあ。」
次郎は感心した。が、そこで、ふと思いついてタマオのまん丸な目をのぞきこんだ。
「お前、異様に親切だけど、ひょっとして、あれ? 地球侵略に俺を利用しようとか思ってたりしてない?」
「ありえないでしょ」
タマオが鼻を鳴らすような音を出して言った。
「十二歳の子供をどう利用すれば地球を侵略できるのさ?」
「まあ、それもそうだな」
次郎はうなずきながらも、
「なら、タマオは何でここにいるわけ? 宇宙人が小学校に何の用があるっていうんだい?」
「僕は、僕らの宇宙都市の動力源であるリリジウムを探しに来たんだよ。ちょっとした事故があってね、僕らは今とても困っている。リリジウムを早く補充しないと、僕らの宇宙都市は軌道を制御できずに、三日後にこの地球に衝突する」
「は? 衝突?」
次郎は絶句した。
「うん」
タマオがきまりわるそうに次郎から目をそらした。
「もっとも、宇宙都市は頑丈だから、壊れるのはこの地球のほうだと思うけどね」
「ま、待てよ。そんな、そんな大事なこと、小学生の俺に打明けてどうするんだよ。そんなの、もっと偉い人のとこへ行って報告しろよ。総理大臣とか、アメリカの大統領とか、国連の事務総長とかに」
「だめだよ。そんなとこに話を持ち込んだら、結論が出るまでに最低一年はかかるよ。お役所仕事ってのはそういうもんなんだ。それに、リリジウムはこの近くにあって、今も移動中だ。僕は探知機に導かれてここにやってきたのさ。さっき検索した結果わかったんだけど、おそらく」
「おそらく?」
「リリジウムはその麻美って子が持ってる」
「え? なんで?」
「話すと長くなる。とにかく僕らの利害は一致したわけさ。さあ、急ごう」
靴箱の中に、靴がないのだ。
五時間目の体育の授業のあと、ここに入れたばかりだった。つい一時間ほど前のことだから、間違いない。
この前の日曜日、母に買ってもらったばかりの新品のスニーカーだ。
あちこち探し回ったが、見つからない。裸足のまま校庭に出て、念のためにジャングルジムの上まで登ってみたが、そこにもなかった。
「やられた」
次郎は舌打ちをした。なんとなく犯人の見当はつく。いたずらされるのはこれがはじめてではなかった。先週はちょっと席をはずした隙に、ランドセルを窓から校庭に捨てられた。机の中に毛虫を入れられたことも一度や二度ではない。
とにかくあいつ・・・麻美を探して、返してもらおう。そして、なぜこんなことばかりするのか、理由を聞いてみよう。
そう気を取り直し、裸足でもう一度校庭に出ようと足を一歩踏み出しかけた、そのときだった。
「何か探してるの?」
ふいに後ろから声がした。振り返ると、靴箱のかげから妙なものがのぞいていた。毛のない丸い頭。耳が大きく、目がまん丸で、鼻も唇もない。胴は細くて短く、全身鮮やかな緑色をしている。
「わ、なんだお前」
次郎は思わず身構えた。
「何か探してるの?」
ちょこちょこと物陰から姿を現すと、次郎の前に立ってまたそれが言った。身長一メートルくらいで、手足はひょろ長い。丸い顔の下のほうに横長の切れ目があり、しゃべるとそこが開く。どうやら口らしい。
「僕も探しものしてるんだけど、少しなら君の探しもの、手伝ってもいいよ」
「お前、何? 宇宙人とか?」
ゆっくりあとじさりながら、次郎は訊いた。着ぐるみにしてはよくできている。いや、こんな体型の人間、いそうにないから、おそらく着ぐるみではないだろう。
「んー、まあ、そういうことになるかな」
意外とあっさり、それが言った。
「自己紹介したいところだけど、あいにく僕らは認証番号でお互いを識別していて、君らの世界で言う名前に当たるものがないんだ。だから、僕のことは好きに呼んでくれていい」
好きに呼べといわれても・・・。
「じゃ、顔がまん丸だから、タマオ」
次郎が適当に言うと、
「それ、いいね。では、今から僕は、この世界ではタマオだ」
それ=タマオは、満足そうに目を細めた。
「で、どうしたの? ずいぶん困ってるみたいだけど」
「靴がなくなったんだ。たぶん、麻美の仕業だと思う。麻美っていうのは、俺ら六年二組の、いわば番長みたいな女の子なんだけど、どうしてだか、俺を目の敵にしてて。俺がここに転校してきてからずっと、いやがらせばかりしてくるんだ」
「バンチョウ? それって支配者的な存在ってこと?」
「支配者といえばそうかな。だけどタマオは宇宙人の癖になんでそんなに日本語うまいわけ?」
「この惑星はね、大量の情報を電波に乗せて発信し続けてるんだ。それを傍受していれば一ヶ月で地球人の大人以上の知識を得られる。おそらく僕は君より地球についてよく知ってると思うよ。君自身について個人情報も、その気になればいつでも引き出せるしね」
「へえ」
「とりあえず靴なら僕が作ってあげる」
タマオはさらりとそんなことを言うと、腹のあたりを二、三回大きな掌でなでさするようにした。と、ぱかっとふたが開いて、電子レンジのような四角い空洞が現れた。そこに、どこから取り出したのか、灰色の粘土のような物体を放り込むと、元通りふたを閉め、
「ちょっと待てってね」
と、目をとじた。
大して待つほどもなく、チンと音がして、タマオの腹から白い蒸気が立ち上る。
「はい。できたてのほやほやだから少し熱いよ」
タマオが腹から取り出したのは黄色の奇妙の形をした靴だった。なんだか魔法使いのおばあさんの靴に似ている。あまり気が進まなかったが、背に腹は代えられない。はいてみると、確かに少し生温かかったものの、サイズは次郎の足にぴったりだった。
「運動能力アップの効果があるから、けっこう役に立つと思うよ。その気になれば、短距離走で世界新記録が出せるかも」
「そんなのどうでもいいよ。ありがたいけど、でもあのスニーカーはどうしても取り返したいんだ。母さんが無理して買ってくれたやつだから」
「なるほどね。じゃ、とにかくその麻美って子を探しに行こう」
「もう家に帰ってるかな。あいつ、毎日、塾行ってるみたいだから。ああ、でも俺、あいつんち、どこか知らないんだ」
「大丈夫。検索すればわかるから」
タマオが目をとじた。両耳がパラボラアンテナみたいに、ゆっくりと回転し始める。
「・・・なるほど。そうか。わかった」
タマオはそんなことをブツブツつぶやいていたが、やがてぱっと目を開くと、
「OK。準備完了。いつでも行けるよ」
そう、きっぱりした口調で言った。
「便利なやつだなあ。」
次郎は感心した。が、そこで、ふと思いついてタマオのまん丸な目をのぞきこんだ。
「お前、異様に親切だけど、ひょっとして、あれ? 地球侵略に俺を利用しようとか思ってたりしてない?」
「ありえないでしょ」
タマオが鼻を鳴らすような音を出して言った。
「十二歳の子供をどう利用すれば地球を侵略できるのさ?」
「まあ、それもそうだな」
次郎はうなずきながらも、
「なら、タマオは何でここにいるわけ? 宇宙人が小学校に何の用があるっていうんだい?」
「僕は、僕らの宇宙都市の動力源であるリリジウムを探しに来たんだよ。ちょっとした事故があってね、僕らは今とても困っている。リリジウムを早く補充しないと、僕らの宇宙都市は軌道を制御できずに、三日後にこの地球に衝突する」
「は? 衝突?」
次郎は絶句した。
「うん」
タマオがきまりわるそうに次郎から目をそらした。
「もっとも、宇宙都市は頑丈だから、壊れるのはこの地球のほうだと思うけどね」
「ま、待てよ。そんな、そんな大事なこと、小学生の俺に打明けてどうするんだよ。そんなの、もっと偉い人のとこへ行って報告しろよ。総理大臣とか、アメリカの大統領とか、国連の事務総長とかに」
「だめだよ。そんなとこに話を持ち込んだら、結論が出るまでに最低一年はかかるよ。お役所仕事ってのはそういうもんなんだ。それに、リリジウムはこの近くにあって、今も移動中だ。僕は探知機に導かれてここにやってきたのさ。さっき検索した結果わかったんだけど、おそらく」
「おそらく?」
「リリジウムはその麻美って子が持ってる」
「え? なんで?」
「話すと長くなる。とにかく僕らの利害は一致したわけさ。さあ、急ごう」
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