75 / 79
第5章 約束の地へ
action 14 死線
しおりを挟む
「一平、みんなのバッグ集めてきて! 中にまだ水が残ってたはず! 急いで!」
光は一平を追い立てると、手際よくあずみのセーラー服を脱がしにかかった。
あずみは顔中に玉のような汗を浮かべ、苦しげにはあはあ喘いでいる。
「お兄ちゃん、どこ? あずみ、どうなるの?」
眼が見えていないのか、視線をあらぬほうにさまよわせ、うわ言みたいにそんなことを言った。
「しゃべるな。俺はここにいる。だから」
僕は力を込め、あずみの右手をぎゅっと握った。
小さい頃、よくつないでいたこの手。
でも、ぬくもりがどんどん失われていくのは、なぜなんだ?
「ひどいわね…」
セーラー服を脱がし終えると、光が痛々しそうにつぶやいた。
見ると、あずみの平らな腹には真っ赤な穴がぽっかりと口を開き、血だまりの中に弾けた白い脂肪層やピンクの内臓が見えていた。
傷口の周囲の皮膚が紫色に変色し、その範囲が見ているうちにもじわじわ拡大していく。
「これ…毒かも。ムカデの仲間には、強力な神経毒、持ってるの、いるから」
そこに4人分のバッグやリュックを抱えた一平が、よろよろと戻ってきた。
「おらよ」
どさりと通路の床にバッグ類を投げ出すと、蒼い顔で辛そうにため息をついた。
僕と一平で飲料水のペットボトルを取り出して床に並べると、全部で6本あった。
光がその水で濡らしたハンカチを使い、丁寧に傷口の周囲を拭う。
最後にセーラー服を縦に引き裂くと、包帯代わりにあずみの胴にぐるぐる巻いた。
だが、あずみの容態は悪化していくばかりだった。
くちびるが紫色になり、瞳が見る間に光を失っていく。
手足の先が小刻みにぶるぶる震え、大粒の涙が色を失った頬を伝って落ちた。
「お兄ちゃん、どこ? 行っちゃいや。あずみを置いて行かないで」
「だから、ここにいるってば」
僕はあずみの右手を両手で握りしめ、額に押し当てた。
光が一平の手を引いて、傍を離れていくのがわかった。
あずみの死期を悟り、兄妹水入らずにしてやろうという親切心なのかもしれなかった。
「あずみね、お兄ちゃんのこと、ほんとに好きだった。小さい時から、初めて会った時から…。お兄ちゃん、あずみにはずっと優しくて、かっこよくて、可愛くて…。だから、結婚するって、心の中で決めてた。誰が何といおうと、高校出たら、絶対するんだって。でも、もう、それもダメになっちゃったみたい…」
あずみの声が小さくなっていく。
風船から空気が抜けるみたいに、あずみの肉体から命が失われていく…。
「だめになんか、なってないだろ!」
僕は叫んだ。
「いいか、あずみ、よく聞け。おまえは地球人よりずっと優秀な、マルデック人とかの生まれ変わりなんだ。だからこの程度のことで、死ぬわけないんだよ!」
一生懸命叫んだのに、もうあずみは応えなかった。
瞳がガラス玉に変わり、ガクッと首が横に落ちた。
「う、うそだろ…?」
激烈な悲しみがこみ上げてきて、僕は絶叫した。
光は一平を追い立てると、手際よくあずみのセーラー服を脱がしにかかった。
あずみは顔中に玉のような汗を浮かべ、苦しげにはあはあ喘いでいる。
「お兄ちゃん、どこ? あずみ、どうなるの?」
眼が見えていないのか、視線をあらぬほうにさまよわせ、うわ言みたいにそんなことを言った。
「しゃべるな。俺はここにいる。だから」
僕は力を込め、あずみの右手をぎゅっと握った。
小さい頃、よくつないでいたこの手。
でも、ぬくもりがどんどん失われていくのは、なぜなんだ?
「ひどいわね…」
セーラー服を脱がし終えると、光が痛々しそうにつぶやいた。
見ると、あずみの平らな腹には真っ赤な穴がぽっかりと口を開き、血だまりの中に弾けた白い脂肪層やピンクの内臓が見えていた。
傷口の周囲の皮膚が紫色に変色し、その範囲が見ているうちにもじわじわ拡大していく。
「これ…毒かも。ムカデの仲間には、強力な神経毒、持ってるの、いるから」
そこに4人分のバッグやリュックを抱えた一平が、よろよろと戻ってきた。
「おらよ」
どさりと通路の床にバッグ類を投げ出すと、蒼い顔で辛そうにため息をついた。
僕と一平で飲料水のペットボトルを取り出して床に並べると、全部で6本あった。
光がその水で濡らしたハンカチを使い、丁寧に傷口の周囲を拭う。
最後にセーラー服を縦に引き裂くと、包帯代わりにあずみの胴にぐるぐる巻いた。
だが、あずみの容態は悪化していくばかりだった。
くちびるが紫色になり、瞳が見る間に光を失っていく。
手足の先が小刻みにぶるぶる震え、大粒の涙が色を失った頬を伝って落ちた。
「お兄ちゃん、どこ? 行っちゃいや。あずみを置いて行かないで」
「だから、ここにいるってば」
僕はあずみの右手を両手で握りしめ、額に押し当てた。
光が一平の手を引いて、傍を離れていくのがわかった。
あずみの死期を悟り、兄妹水入らずにしてやろうという親切心なのかもしれなかった。
「あずみね、お兄ちゃんのこと、ほんとに好きだった。小さい時から、初めて会った時から…。お兄ちゃん、あずみにはずっと優しくて、かっこよくて、可愛くて…。だから、結婚するって、心の中で決めてた。誰が何といおうと、高校出たら、絶対するんだって。でも、もう、それもダメになっちゃったみたい…」
あずみの声が小さくなっていく。
風船から空気が抜けるみたいに、あずみの肉体から命が失われていく…。
「だめになんか、なってないだろ!」
僕は叫んだ。
「いいか、あずみ、よく聞け。おまえは地球人よりずっと優秀な、マルデック人とかの生まれ変わりなんだ。だからこの程度のことで、死ぬわけないんだよ!」
一生懸命叫んだのに、もうあずみは応えなかった。
瞳がガラス玉に変わり、ガクッと首が横に落ちた。
「う、うそだろ…?」
激烈な悲しみがこみ上げてきて、僕は絶叫した。
0
お気に入りに追加
133
あなたにおすすめの小説
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
FATな相棒
みなきや
ホラー
誇り高き太っちょの『タムちゃん』と美意識の高い痩せっぽちの『ジョージ』は、今日も派手な衣服に身を包んでちょっぴり厄介な事に首を突っ込んで行く。
零感(ゼロカン)な二人が繰り広げる、誰も噛み合わない不気味で美味しい話。二人にかかれば、幽霊も呪いも些事なのだ。
ここがケツバット村
黒巻雷鳴
ホラー
大学生の浅尾真綾は、年上の恋人・黒鉄孝之と夏休みにとある村へ旅行することになった。
観光地とは呼びがたい閑散としたその村は、月夜に鳴り響いたサイレンによって様相が変わる。温厚な村人たちの目玉は赤黒く染まり、バットを振るう狂人となって次々と襲いかかる地獄へと化したのだ!
さあ逃げろ!
尻を向けて走って逃げろ!
狙うはおまえの尻ひとつ!
叩いて、叩いて、叩きまくる!
異色のホラー作品がここに誕生!!
※無断転載禁止
「僕」と「彼女」の、夏休み~おんぼろアパートの隣人妖怪たちによるよくある日常~
石河 翠
ホラー
夏休み中につき、おんぼろアパートでのんびり過ごす主人公。このアパートに住む隣人たちはみな現代に生きる妖(あやかし)だが、主人公から見た日常はまさに平和そのものである。
主人公の恋人である雪女はバイトに明け暮れているし、金髪褐色ギャルの河童は海辺で逆ナンばかりしている。猫又はのんびり町内を散歩し、アパートの管理人さんはいつも笑顔だ。
ところが雪女には何やら心配事があるようで、主人公に内緒でいろいろと画策しているらしい。実は主人公には彼自身が気がついていない秘密があって……。
ごくごく普通の「僕」と雪女によるラブストーリー。
「僕」と妖怪たちの視点が交互にきます。「僕」視点ではほのぼの日常、妖怪視点では残酷な要素ありの物語です。ホラーが苦手な方は、「僕」視点のみでどうぞ。
扉絵は、遥彼方様に描いて頂きました。ありがとうございます。
この作品は、小説家になろうにも投稿しております。
また、小説家になろうで投稿しております短編集「『あい』を失った女」より「『おばけ』なんていない」(2018年7月3日投稿)、「『ほね』までとろける熱帯夜」(2018年8月14日投稿) 、「『こまりました』とは言えなくて」(2019年5月20日投稿)をもとに構成しております。
#この『村』を探して下さい
案内人
ホラー
『この村を探して下さい』。これは、とある某匿名掲示板で見つけた書き込みです。全ては、ここから始まりました。
この物語は私の手によって脚色されています。読んでも発狂しません。
貴方は『■■■』の正体が見破れますか?
鏡よ、鏡
その子四十路
ホラー
──鏡の向こう側から【なにか】がわたしを呼んでいる。
聡美・里香子・実和子……三人の女たちと、呪いの鏡を巡る物語。
聡美は、二十歳の誕生日に叔母から贈られたアンティークの鏡が怖い。
鏡の向こう側から【なにか】が聡美を呼んでいる、待ち構えているような気がするからだ……
岬ノ村の因習
めにははを
ホラー
某県某所。
山々に囲われた陸の孤島『岬ノ村』では、五年に一度の豊穣の儀が行われようとしていた。
村人達は全国各地から生贄を集めて『みさかえ様』に捧げる。
それは終わらない惨劇の始まりとなった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる