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第5章 約束の地へ

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 大学構内は、びっくりするほど綺麗だった。

 更に驚いたことには、どの建物にも煌々と照明が点り、トイレや流し場には水が通っていた。

「まるで人が住んでいるみたいだね」

 周囲を見回しながら、光が言った。

 僕らは建物のひとつに入り、トイレで用を足し、冷水器で水をたらふく補給して出てきたところだった。

 あずみは燃え尽きた服を捨て、新しいセーラー服に着替えていた。

 一平に返してもらったプラチナブラは身につけていたが、かなり汚れたらしく、ブルマは脱ぎ棄ててしまっている。

 だからあずみのミニひだスカートの下はまた新品の勝負下着に戻っているわけだが、僕は努めてそれについては考えないことにした。

 医学部棟、薬学部棟、理学部棟と過ぎ、一番奥まったところに目的の建物は位置していた。

 国立生物科学研究センターである。

 円盤を2層重ねたような形の全面スケルトン仕様のその建物は、あたかもSF映画に登場する宇宙戦艦みたいなフォルムをしていて、暮れなずむ空を背景に聳えるその威容は、思わず息を呑むほど美しかった。

「変だねえ」

 昼間のように明るい建物の正面玄関に立つと、光が首をひねった。

「何が?」

 と、これは一平。

「だってここ、爆心地なんでしょう? この建物で謎の爆発が起きて、それで感染が広がったんじゃなかったっけ? なのにどうしてこの建物、傷ひとつついていないのよ?」

「あ、そうか」

 一平が頭を掻いた。

「そういえば、そうだよな」

「ケロヨンのサイト、なくなってる」

 僕の隣でさっきからスマホを弄っていたあずみが、ふいに声を上げた。

「まだ工事中ってこと?」

 僕がたずねると、

「ううん。サイト自体が消えてるの。いくら検索しても出てこない」

 ”裏那古野オーバードライブ”が消失した?

 どういうことだろう?

 ケロヨン自身が消したのか、第三者に削除されてしまったのか。

「もう、役割を終えたってことじゃないかしら。だってあたしたち、なんとか無事にここにたどり着いたわけでしょう?」

「え? それだと、まるでケロヨンが、あずみたちの案内役だったみたいに聞こえますけど?」

「そうなんじゃない? 実質、彼があずみちゃんにいろんなヒント、直接くれてたわけだしさ」

「うーん、もしそうだとすると、やっぱりケロヨンって、どこかから俺たちのこと、見てるんじゃないかな。でなけりゃ、そんなに細かくわかるわけないし」

「どうだかね。ケロヨンって人物がこの施設の研究者であるならば、その可能性もあるかもね」

 ケロヨンが、この研究センターの研究者?

 僕は納得した。

 目から鱗が落ちる思いだった。

 なるほど、それなら色々とつじつまが合いそうだ。

「とにかく、何かちょいと気に入らないんだなあ。どうしてこんなにすんなり中にいれてくれるわけ?」

 光の言葉通り、自動ドアもふつうに動けば、ロビーに足を踏み入れると、そこはエアコンの効いた別天地だった。

「研究所なのに、セキュリテイのかけらもないじゃない。これならそこらのマンションのほうが、まだずっと警戒厳重だよ」

 ゾンビも警備員も誰ひとりいないだだっ広いフロアを横切り、エレベーターの前に立つ。

「目的のリバースは地下3階だけど、他の階にも順番に下りてみようか」

 光が言って、大理石の柱についたボタンを押した。

 まずは地下1階。

 リボーン線虫の研究エリアである。

 エレベーターを抜けると、そこは短い通路だった。

 正面にB1と書かれたエアロックのような分厚そうな扉があった。

「入れそうにないね」

 僕が言うと、

「たぶん大丈夫。ここにはすでに侵入者がいたわけでしょう? ならばロックは解除されているとみていいと思う」

 またしてもその予言は的中し、扉は僕の力でもやすやすと開けることができた。

「防護服とか、着なくていいのかな。殺菌処理とか、そういうのは? あずみ、映画でそんなシーン、何度か見たことがある気がするよ」

「ゾンビはウィルス感染じゃないからね。線虫は視認できるから、たとえ残ってたとしても、気をつけてれば平気なんじゃないかしら」

 エアロックを抜けると、そこは両側の壁にガラスケースの並ぶ、長方形の真っ白なフロアだった。

 綺麗に磨き込まれたリノリウムの床には、線虫どころか塵ひとつ落ちていない。

「なんでえ、みんな空っぽじゃんかよ」

 ガラスケースの中を覗き込んで、一平が言う。

「ほんとだ。何にもない。爆破された形跡さえもね。しょうがない。次に行くとしますか」

 光の指示で、エレベーターに戻る。

 しかし、地下2階のリサイクル・エリアも同様だった。

 エアロックは難なく開き、ガランとしたフロアには空っぽのガラスケースが並んでいるだけ。

 ここもやはり、爆破された跡など、どこにもない。

「どういうことだろう? これじゃ、謎の爆発なんて、なかったってことになるんだけど」

 地下3階に下りるエレベーターの中で、光がつぶやいた。

「てことは、もしかして、線虫たちは、ここの職員によって、故意にばら撒かれた?」

「そうだよねえ。そうとしか考えられない。でも、どうして? 動機がわかんないよね」

 結論が出ないうちに、エレベーターは停止した。

「ついに来たね」

 一歩通路に足を踏み出すなり、あずみが言った。

「ああ」

 僕はうなずいた。

 あずみは僕の右腕にしがみついている。

 その手にぐいと力がこもるのがわかった。

 リバースだけは、残っていてほしい。

 痛切に僕は思った。

 別に、僕は今のあずみでもいっこうにかまわない。

 だが、ふつうの女の子に戻りたいというのは、あずみ自身の切なる願いなのだ。

「ドア、開いてるね」

 正面扉に手をかけて、光が言った。

 嫌な予感がした。

 ここはまだ誰にも侵入されていないはずだ。

 ならばロックが解除されているわけがない。

 エアロックを抜ける。

「あれ?」

 真っ先に間の抜けた声を上げたのは、一平である。

 でも、僕も同感だった。

 正直、あれ? としか言いようがない。

 目の前に広がる光景は、それほど予想外のものだったのだ。

 ガラスケースも事務机もパソコンも何もない、板張りのだだっ広い空間である。

 強いて似ているものを挙げるとすれば、学校の体育館だ。

「そ、そんな…」

 あずみが震える声でつぶやいた時、ふいにどこかで聞いた声がした。

「ようこそわがエデンへ。君たちか。予想通りだったな。また会えてうれしいよ」

 そして中2階の観客席から、小柄な人影が立ち上がった。

 
 







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