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第5章 約束の地へ
action 10 施設
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大学構内は、びっくりするほど綺麗だった。
更に驚いたことには、どの建物にも煌々と照明が点り、トイレや流し場には水が通っていた。
「まるで人が住んでいるみたいだね」
周囲を見回しながら、光が言った。
僕らは建物のひとつに入り、トイレで用を足し、冷水器で水をたらふく補給して出てきたところだった。
あずみは燃え尽きた服を捨て、新しいセーラー服に着替えていた。
一平に返してもらったプラチナブラは身につけていたが、かなり汚れたらしく、ブルマは脱ぎ棄ててしまっている。
だからあずみのミニひだスカートの下はまた新品の勝負下着に戻っているわけだが、僕は努めてそれについては考えないことにした。
医学部棟、薬学部棟、理学部棟と過ぎ、一番奥まったところに目的の建物は位置していた。
国立生物科学研究センターである。
円盤を2層重ねたような形の全面スケルトン仕様のその建物は、あたかもSF映画に登場する宇宙戦艦みたいなフォルムをしていて、暮れなずむ空を背景に聳えるその威容は、思わず息を呑むほど美しかった。
「変だねえ」
昼間のように明るい建物の正面玄関に立つと、光が首をひねった。
「何が?」
と、これは一平。
「だってここ、爆心地なんでしょう? この建物で謎の爆発が起きて、それで感染が広がったんじゃなかったっけ? なのにどうしてこの建物、傷ひとつついていないのよ?」
「あ、そうか」
一平が頭を掻いた。
「そういえば、そうだよな」
「ケロヨンのサイト、なくなってる」
僕の隣でさっきからスマホを弄っていたあずみが、ふいに声を上げた。
「まだ工事中ってこと?」
僕がたずねると、
「ううん。サイト自体が消えてるの。いくら検索しても出てこない」
”裏那古野オーバードライブ”が消失した?
どういうことだろう?
ケロヨン自身が消したのか、第三者に削除されてしまったのか。
「もう、役割を終えたってことじゃないかしら。だってあたしたち、なんとか無事にここにたどり着いたわけでしょう?」
「え? それだと、まるでケロヨンが、あずみたちの案内役だったみたいに聞こえますけど?」
「そうなんじゃない? 実質、彼があずみちゃんにいろんなヒント、直接くれてたわけだしさ」
「うーん、もしそうだとすると、やっぱりケロヨンって、どこかから俺たちのこと、見てるんじゃないかな。でなけりゃ、そんなに細かくわかるわけないし」
「どうだかね。ケロヨンって人物がこの施設の研究者であるならば、その可能性もあるかもね」
ケロヨンが、この研究センターの研究者?
僕は納得した。
目から鱗が落ちる思いだった。
なるほど、それなら色々とつじつまが合いそうだ。
「とにかく、何かちょいと気に入らないんだなあ。どうしてこんなにすんなり中にいれてくれるわけ?」
光の言葉通り、自動ドアもふつうに動けば、ロビーに足を踏み入れると、そこはエアコンの効いた別天地だった。
「研究所なのに、セキュリテイのかけらもないじゃない。これならそこらのマンションのほうが、まだずっと警戒厳重だよ」
ゾンビも警備員も誰ひとりいないだだっ広いフロアを横切り、エレベーターの前に立つ。
「目的のリバースは地下3階だけど、他の階にも順番に下りてみようか」
光が言って、大理石の柱についたボタンを押した。
まずは地下1階。
リボーン線虫の研究エリアである。
エレベーターを抜けると、そこは短い通路だった。
正面にB1と書かれたエアロックのような分厚そうな扉があった。
「入れそうにないね」
僕が言うと、
「たぶん大丈夫。ここにはすでに侵入者がいたわけでしょう? ならばロックは解除されているとみていいと思う」
またしてもその予言は的中し、扉は僕の力でもやすやすと開けることができた。
「防護服とか、着なくていいのかな。殺菌処理とか、そういうのは? あずみ、映画でそんなシーン、何度か見たことがある気がするよ」
「ゾンビはウィルス感染じゃないからね。線虫は視認できるから、たとえ残ってたとしても、気をつけてれば平気なんじゃないかしら」
エアロックを抜けると、そこは両側の壁にガラスケースの並ぶ、長方形の真っ白なフロアだった。
綺麗に磨き込まれたリノリウムの床には、線虫どころか塵ひとつ落ちていない。
「なんでえ、みんな空っぽじゃんかよ」
ガラスケースの中を覗き込んで、一平が言う。
「ほんとだ。何にもない。爆破された形跡さえもね。しょうがない。次に行くとしますか」
光の指示で、エレベーターに戻る。
しかし、地下2階のリサイクル・エリアも同様だった。
エアロックは難なく開き、ガランとしたフロアには空っぽのガラスケースが並んでいるだけ。
ここもやはり、爆破された跡など、どこにもない。
「どういうことだろう? これじゃ、謎の爆発なんて、なかったってことになるんだけど」
地下3階に下りるエレベーターの中で、光がつぶやいた。
「てことは、もしかして、線虫たちは、ここの職員によって、故意にばら撒かれた?」
「そうだよねえ。そうとしか考えられない。でも、どうして? 動機がわかんないよね」
結論が出ないうちに、エレベーターは停止した。
「ついに来たね」
一歩通路に足を踏み出すなり、あずみが言った。
「ああ」
僕はうなずいた。
あずみは僕の右腕にしがみついている。
その手にぐいと力がこもるのがわかった。
リバースだけは、残っていてほしい。
痛切に僕は思った。
別に、僕は今のあずみでもいっこうにかまわない。
だが、ふつうの女の子に戻りたいというのは、あずみ自身の切なる願いなのだ。
「ドア、開いてるね」
正面扉に手をかけて、光が言った。
嫌な予感がした。
ここはまだ誰にも侵入されていないはずだ。
ならばロックが解除されているわけがない。
エアロックを抜ける。
「あれ?」
真っ先に間の抜けた声を上げたのは、一平である。
でも、僕も同感だった。
正直、あれ? としか言いようがない。
目の前に広がる光景は、それほど予想外のものだったのだ。
ガラスケースも事務机もパソコンも何もない、板張りのだだっ広い空間である。
強いて似ているものを挙げるとすれば、学校の体育館だ。
「そ、そんな…」
あずみが震える声でつぶやいた時、ふいにどこかで聞いた声がした。
「ようこそわがエデンへ。君たちか。予想通りだったな。また会えてうれしいよ」
そして中2階の観客席から、小柄な人影が立ち上がった。
更に驚いたことには、どの建物にも煌々と照明が点り、トイレや流し場には水が通っていた。
「まるで人が住んでいるみたいだね」
周囲を見回しながら、光が言った。
僕らは建物のひとつに入り、トイレで用を足し、冷水器で水をたらふく補給して出てきたところだった。
あずみは燃え尽きた服を捨て、新しいセーラー服に着替えていた。
一平に返してもらったプラチナブラは身につけていたが、かなり汚れたらしく、ブルマは脱ぎ棄ててしまっている。
だからあずみのミニひだスカートの下はまた新品の勝負下着に戻っているわけだが、僕は努めてそれについては考えないことにした。
医学部棟、薬学部棟、理学部棟と過ぎ、一番奥まったところに目的の建物は位置していた。
国立生物科学研究センターである。
円盤を2層重ねたような形の全面スケルトン仕様のその建物は、あたかもSF映画に登場する宇宙戦艦みたいなフォルムをしていて、暮れなずむ空を背景に聳えるその威容は、思わず息を呑むほど美しかった。
「変だねえ」
昼間のように明るい建物の正面玄関に立つと、光が首をひねった。
「何が?」
と、これは一平。
「だってここ、爆心地なんでしょう? この建物で謎の爆発が起きて、それで感染が広がったんじゃなかったっけ? なのにどうしてこの建物、傷ひとつついていないのよ?」
「あ、そうか」
一平が頭を掻いた。
「そういえば、そうだよな」
「ケロヨンのサイト、なくなってる」
僕の隣でさっきからスマホを弄っていたあずみが、ふいに声を上げた。
「まだ工事中ってこと?」
僕がたずねると、
「ううん。サイト自体が消えてるの。いくら検索しても出てこない」
”裏那古野オーバードライブ”が消失した?
どういうことだろう?
ケロヨン自身が消したのか、第三者に削除されてしまったのか。
「もう、役割を終えたってことじゃないかしら。だってあたしたち、なんとか無事にここにたどり着いたわけでしょう?」
「え? それだと、まるでケロヨンが、あずみたちの案内役だったみたいに聞こえますけど?」
「そうなんじゃない? 実質、彼があずみちゃんにいろんなヒント、直接くれてたわけだしさ」
「うーん、もしそうだとすると、やっぱりケロヨンって、どこかから俺たちのこと、見てるんじゃないかな。でなけりゃ、そんなに細かくわかるわけないし」
「どうだかね。ケロヨンって人物がこの施設の研究者であるならば、その可能性もあるかもね」
ケロヨンが、この研究センターの研究者?
僕は納得した。
目から鱗が落ちる思いだった。
なるほど、それなら色々とつじつまが合いそうだ。
「とにかく、何かちょいと気に入らないんだなあ。どうしてこんなにすんなり中にいれてくれるわけ?」
光の言葉通り、自動ドアもふつうに動けば、ロビーに足を踏み入れると、そこはエアコンの効いた別天地だった。
「研究所なのに、セキュリテイのかけらもないじゃない。これならそこらのマンションのほうが、まだずっと警戒厳重だよ」
ゾンビも警備員も誰ひとりいないだだっ広いフロアを横切り、エレベーターの前に立つ。
「目的のリバースは地下3階だけど、他の階にも順番に下りてみようか」
光が言って、大理石の柱についたボタンを押した。
まずは地下1階。
リボーン線虫の研究エリアである。
エレベーターを抜けると、そこは短い通路だった。
正面にB1と書かれたエアロックのような分厚そうな扉があった。
「入れそうにないね」
僕が言うと、
「たぶん大丈夫。ここにはすでに侵入者がいたわけでしょう? ならばロックは解除されているとみていいと思う」
またしてもその予言は的中し、扉は僕の力でもやすやすと開けることができた。
「防護服とか、着なくていいのかな。殺菌処理とか、そういうのは? あずみ、映画でそんなシーン、何度か見たことがある気がするよ」
「ゾンビはウィルス感染じゃないからね。線虫は視認できるから、たとえ残ってたとしても、気をつけてれば平気なんじゃないかしら」
エアロックを抜けると、そこは両側の壁にガラスケースの並ぶ、長方形の真っ白なフロアだった。
綺麗に磨き込まれたリノリウムの床には、線虫どころか塵ひとつ落ちていない。
「なんでえ、みんな空っぽじゃんかよ」
ガラスケースの中を覗き込んで、一平が言う。
「ほんとだ。何にもない。爆破された形跡さえもね。しょうがない。次に行くとしますか」
光の指示で、エレベーターに戻る。
しかし、地下2階のリサイクル・エリアも同様だった。
エアロックは難なく開き、ガランとしたフロアには空っぽのガラスケースが並んでいるだけ。
ここもやはり、爆破された跡など、どこにもない。
「どういうことだろう? これじゃ、謎の爆発なんて、なかったってことになるんだけど」
地下3階に下りるエレベーターの中で、光がつぶやいた。
「てことは、もしかして、線虫たちは、ここの職員によって、故意にばら撒かれた?」
「そうだよねえ。そうとしか考えられない。でも、どうして? 動機がわかんないよね」
結論が出ないうちに、エレベーターは停止した。
「ついに来たね」
一歩通路に足を踏み出すなり、あずみが言った。
「ああ」
僕はうなずいた。
あずみは僕の右腕にしがみついている。
その手にぐいと力がこもるのがわかった。
リバースだけは、残っていてほしい。
痛切に僕は思った。
別に、僕は今のあずみでもいっこうにかまわない。
だが、ふつうの女の子に戻りたいというのは、あずみ自身の切なる願いなのだ。
「ドア、開いてるね」
正面扉に手をかけて、光が言った。
嫌な予感がした。
ここはまだ誰にも侵入されていないはずだ。
ならばロックが解除されているわけがない。
エアロックを抜ける。
「あれ?」
真っ先に間の抜けた声を上げたのは、一平である。
でも、僕も同感だった。
正直、あれ? としか言いようがない。
目の前に広がる光景は、それほど予想外のものだったのだ。
ガラスケースも事務机もパソコンも何もない、板張りのだだっ広い空間である。
強いて似ているものを挙げるとすれば、学校の体育館だ。
「そ、そんな…」
あずみが震える声でつぶやいた時、ふいにどこかで聞いた声がした。
「ようこそわがエデンへ。君たちか。予想通りだったな。また会えてうれしいよ」
そして中2階の観客席から、小柄な人影が立ち上がった。
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