上 下
69 / 79
第5章 約束の地へ

action 8 魔獣

しおりを挟む
「しゃべった」

 僕は光と顔を見合わせた。

「リサイクルは、脳はやられてないって話だったからね。それにしても、”わらわ”だなんて、どんだけ先祖返りしてるわけ?」

 なるほど、そうだった。

 あずみや堂神仁の例でも明らかなように、リサイクルゾンビには知性があるのだ。

 ゴキブリ人間たちは、複製したDNAがあまりに下等な昆虫だったから、不幸にもあんなふうだったのかもしれない、とふと思う。

 要はリサイクルされたDNAの種類によって、知能の高さも決まるということなのだろうか。

「とにかく、一平を助けないと」

 僕はM19をホルスターから抜いた。
 
 これ以上、犠牲者を出すわけにはいかないのだ。

 ヘタレにはヘタレなりに、できることがあるはずだ。

 な、そうだろう? 

 あずみ。

 呼びかけた僕を元気づけるように、心の中であずみがうなずいた。

「そうだね。行こう」

 ヨーヨーのボディを握った右手をコートの裾から出して、光が駈け出していく。

「一平、下がるんだ! おまえの歌は単なる騒音だ! 余計怪物を怒らせてる!」

 後に続きながら、僕は叫んだ。

「ち、ひどいいわれようだな」

 一平が駆け戻ってきた。

「世の中、芸術が理解できないやつが多くて困るぜ」

「このうつけ者」

 光がヨーヨーでその頭を叩く。

「おまえのおかげで手間が増えたよ」

 4本の節くれ立った足を竹馬のように操りながら、三つ首の怪物が迫ってくる。

「ヨーヨーであの足を狙えば?」

 僕の提案に、光がうなずいてみせた。

「最初からそのつもり。やつが転倒したら銃撃でとどめを」

「了解」

 うなずいた時、

「おぬしらは何者だ?」

 十数メートル先まで迫ったところで、真ん中の王妃風熟女が吼えた。

 三つの頭部は太い首に支えられ、胴体から更に数メートル上空で僕らを睨み下ろしている。

「ここがエデンと知っての上での狼藉か?」

「エデン? エデンってなんだ?」

 一平が言い返す。

「なんでこんなゾンビの巣窟が天国なんだよ?」

「ゾンビとは失礼な。わらわたちは決してそのような下等な者ではない」

 女の首が眉を吊り上げた。

 その熟女の怒りが、左右の双子マッチョにも伝わったようだった。

「エデンを汚す者は生かしておけぬ。こわっぱども、覚悟するがよい!」

 ふたりのスキンヘッドは、そう声をそろえて唱和するなり、いきなり想像を絶する攻撃に出た。

 なんと、口から火を噴いたのである。

「ぶっ」

 一平が悲鳴を上げた。

「あぢっ! ねーちゃん、熱いよォ!」

 光がとっさにコートの裾で僕らを庇う。
 
 そのコートに火が燃え移り、めらめらと音を立てて燃え上がった。

「くう!」

 コートを脱ぎ捨てる光。

 その下から現れたのは、銀色のベストにモスグリーンのパンツ。

 ノースリーブのベストから突き出た二の腕は驚くほど白く、スレンダーな肢体は妖精さながらの美しさだ。

「おまえのねえちゃん、意外にかっこいいな」

 僕が素直な感想を漏らすと、

「まあね。光姉はペチャパイのアルビノなんだ。サングラスとコートは太陽から身を守るための防具なんだよ」

 したり顏で一平が解説する。

「”意外に”って何? それに、ペチャパイはこの際関係ないだろうが」

 その声に敏感に反応して、光が振り向いた。

「そんなことより、いったん退却だよ。火を噴くゾンビなんて、聞いたことないし」

「でも、ねーちゃん、もう遅い」

 後ろを向いて、一平が言う。

「あっちからも、なんか来た」

 一平の言葉通りだった。

 いつのまにか、僕らの退路を断つように、異形の者たちがどこからともなく湧き出してきているのである。

 それはまさに化け物のオンパレードだった。

 生命の坩堝。

 ケロヨンの言葉の意味が、今こそわかった。

 僕らを取り囲むのは、色々な生物の属性を備えた新手のゾンビたちだった。

 首から上が烏賊になった女子学生。

 両手がカマキリの鎌になった白衣の男。

 腰から下が蛙と合体した白髪の老人。

 雄牛の肉体を備えたOL風の若い女性。

 むき出しの腹にオオサンショウウオの頭が生えている、小太りのオタク風青年。

 そんな異形たちが、十数人、僕らの周りに輪をつくり、じりじりと近づいてくるのだ。

「飛んで火に入る夏の虫、だな」

 ケルベロスの熟女首が嗤った。

「観念しろ。きさまらも、じきにわらわのしもべにしてくれる」

 万事休す、とはまさにこのことだった。

 もうだめか。

 絶望で目の前が真っ暗になった、その時である。

 だしぬけに、横から何かが唸りを上げて飛んできた。
 
 それは一気にケルベロスの3つの首を切断すると、派手な音を立てて地面に転がった。

 マンホールの蓋である。

 円盤のように猛スピードで回転しながら飛来した、分厚く頑丈な鋼鉄の蓋。

 それが瞬時にして、化け物の息の根を止めたのだった。
 
 ゾンビたちの間からどよめきが起こった。

 こいつら、脳が死んでいない分、人並みに動揺しているようだ。
 
 僕ら3人は、申し合わせたように、蓋の飛んできた方角に目を向けた。

 大学の敷地の隅に、マンホールの穴がぽっかりと黒い口を開けている。

 その傍らに、半裸の少女が立っていた。

 ぼろぼろに焼けた布切れが、豊満な肢体をかろうじて覆い隠している。

 髪型はなぜかショートボブになっているけれど…。

 でも、間違いなかった。

 僕の心臓が、コトリと鳴って、停止した。

「あうううう」

 次の瞬間、一平が泣き出した。

 今度は紛れもなく、うれし泣きだった。

「ごめんね。遅くなって」

 元気よく右腕を振って、あずみが叫んだ。

「ちょっと、下水道で迷子になっちゃってさ。あずみってば、実をいうと方向音痴なんだよね」

 



 

 




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

本を喰む子

凪司工房
ホラー
約6000字のホラー短編。よく利用している本屋である日、あなたは店主から奇妙な子どもの話を聞かされるが

ここがケツバット村

黒巻雷鳴
ホラー
大学生の浅尾真綾は、年上の恋人・黒鉄孝之と夏休みにとある村へ旅行することになった。 観光地とは呼びがたい閑散としたその村は、月夜に鳴り響いたサイレンによって様相が変わる。温厚な村人たちの目玉は赤黒く染まり、バットを振るう狂人となって次々と襲いかかる地獄へと化したのだ! さあ逃げろ! 尻を向けて走って逃げろ! 狙うはおまえの尻ひとつ! 叩いて、叩いて、叩きまくる! 異色のホラー作品がここに誕生!! ※無断転載禁止

FATな相棒

みなきや
ホラー
 誇り高き太っちょの『タムちゃん』と美意識の高い痩せっぽちの『ジョージ』は、今日も派手な衣服に身を包んでちょっぴり厄介な事に首を突っ込んで行く。  零感(ゼロカン)な二人が繰り広げる、誰も噛み合わない不気味で美味しい話。二人にかかれば、幽霊も呪いも些事なのだ。

無月夜噺

猫又 十夜
ホラー
怪談

「僕」と「彼女」の、夏休み~おんぼろアパートの隣人妖怪たちによるよくある日常~

石河 翠
ホラー
夏休み中につき、おんぼろアパートでのんびり過ごす主人公。このアパートに住む隣人たちはみな現代に生きる妖(あやかし)だが、主人公から見た日常はまさに平和そのものである。 主人公の恋人である雪女はバイトに明け暮れているし、金髪褐色ギャルの河童は海辺で逆ナンばかりしている。猫又はのんびり町内を散歩し、アパートの管理人さんはいつも笑顔だ。 ところが雪女には何やら心配事があるようで、主人公に内緒でいろいろと画策しているらしい。実は主人公には彼自身が気がついていない秘密があって……。 ごくごく普通の「僕」と雪女によるラブストーリー。 「僕」と妖怪たちの視点が交互にきます。「僕」視点ではほのぼの日常、妖怪視点では残酷な要素ありの物語です。ホラーが苦手な方は、「僕」視点のみでどうぞ。 扉絵は、遥彼方様に描いて頂きました。ありがとうございます。 この作品は、小説家になろうにも投稿しております。 また、小説家になろうで投稿しております短編集「『あい』を失った女」より「『おばけ』なんていない」(2018年7月3日投稿)、「『ほね』までとろける熱帯夜」(2018年8月14日投稿) 、「『こまりました』とは言えなくて」(2019年5月20日投稿)をもとに構成しております。

みんないっしょに

ランボルギーニ伊藤
ホラー
ある日、母校にやってきた主人公あめとその仲間たち。 久しぶりに校内をまわったり遊んだりと一日を満喫した彼ら。 しかし仲間のひとりがある異変に気づく…

ゾンビ発生が台風並みの扱いで報道される中、ニートの俺は普通にゾンビ倒して普通に生活する

黄札
ホラー
朝、何気なくテレビを付けると流れる天気予報。お馴染みの花粉や紫外線情報も流してくれるのはありがたいことだが……ゾンビ発生注意報?……いやいや、それも普通よ。いつものこと。 だが、お気に入りのアニメを見ようとしたところ、母親から買い物に行ってくれという電話がかかってきた。 どうする俺? 今、ゾンビ発生してるんですけど? 注意報、発令されてるんですけど?? ニートである立場上、断れずしぶしぶ重い腰を上げ外へ出る事に── 家でアニメを見ていても、同人誌を売りに行っても、バイトへ出ても、ゾンビに襲われる主人公。 何で俺ばかりこんな目に……嘆きつつもだんだん耐性ができてくる。 しまいには、サバゲーフィールドにゾンビを放って遊んだり、ゾンビ災害ボランティアにまで参加する始末。 友人はゾンビをペットにし、効率よくゾンビを倒すためエアガンを改造する。 ゾンビのいることが日常となった世界で、当たり前のようにゾンビと戦う日常的ゾンビアクション。ノベルアッププラス、ツギクル、小説家になろうでも公開中。 表紙絵は姫嶋ヤシコさんからいただきました、 ©2020黄札

処理中です...