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#183 初子と怪獣大戦争⑩
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無味乾燥なコクピットの光景が日めくりカレンダーをめくるように消え、周囲に緑豊かな草原が現れた。
真っ青な空に白い雲。
驚くほど近くで波の寄せる音がした。
いい匂いが漂ってきて、キャンプの方角を見ると、焚火を囲んでラルクたちが食事の真っ最中だった。
「私にだけ戦わせておいて、なんなの、あんたたち?」
大股に近づいてにらみつけてやると、
「ご苦労」
食事を終えたラルクが偉そうに言った。
こいつ、うまそうに煙草までふかしてやがる。
いっちょ、覚えたての”エロ魔法”陰毛針千本”でもお見舞いしてやろうかと思ったけど、
「ごめんねー、敵が怪獣だと、あたしたち出る幕がなくって。おわびのしるしに、はい、これ。一番おいしいとこ、とっておいてあげたから」
てへっと舌を出し、ソフィアが金属製ボウルを差し出してきたから、タイミングを逃してしまった。
「なんなの? これ」
「ヤシガニでつくったスープ。一平がさっき捕まえてきたの。肉じゃがの肉の代わりにいいかと思って」
なるほど、中には汁物がたっぷり入っていて、カニの肉らしき白いものが浮き沈みしている。
「なかなかいけるんだぜ。まあ、食べてみろよ」
一平が得意げに勧めるので、ソフィアの横の岩に腰かけてご相伴にあずかることにした。
「ほおほお」
まったりした濃厚な味に、思わず舌鼓を打ってしまう。
「ジャガイモと相性いいんだね、このカニ」
「でしょう? あたしの味付けも、まんざらじゃないと思わない?」
「うん。いけるいける。さすが、一時宮殿住まいしてただけのことはあるね」
食べ物で簡単に機嫌を直してしまうところが、私のウィークポイントである。
大学でもこれでけっこう悪友たちにいいようにあしらわれたものだ。
「食べたら、さっそく移動だ。この丘から中央の山の稜線沿いに10キロほど行くと、滝がある。どうやらその滝が、帝国の前哨基地の入口らしい。そうだな? 一平」
「うん。間違いないって。だってきのう、おいら、見たんだもん。あのアラクネが、滝の中に入ってくのを」
ラルクに振られ、一平がうなずいた。
「アラクネが?」
私はカニの脚を口から垂らしたまま、一平の顔を見やった。
「あいつ、ここにきてるってわけ?」
闇の錬金術師、アラクネ。
一時は捕らえて女郎屋に売り飛ばしたのだが、こうもりに変身して逃げていった。
それが、いつのまにかこんな辺鄙な島に潜伏しているとは。
「怪獣が生息している以上、それも不思議はないだろう。なんせバイオテクノロジーはあいつのお家芸だからな」
ラルクがさも当然といったふうに煙草の煙を吐き出した時である。
ふいにどこからか、低い振動音が聞こえてきた。
太鼓を叩く音?
やだ。
なんだか、だんだん近づいてくるみたいなんだけど。
「みんな、気を付けて」
短く叫んだのは、ソフィアである。
「丘のほうに何かいる」
うっそうと生い茂る樹林に目をやって、背中の両手剣の柄に右手をかけている。
「なんなのさ? どこかでドラムの練習でもしてるってか?」
ふざけ半分に一平が言った、そのとたんだった。
「きゅう」
首筋を押さえて、当の一平が昏倒した。
「まずいな」
煙草を靴のかかとでにじり潰し、ラルクが腰を浮かせた。
珍しく険しい表情をその端正な横顔に浮かべている。
「まずいって、何がよ?」
「わからないか? 絶海の孤島で太鼓の音と吹き矢とくれば」
「原住民の襲撃ね」
さすが兄妹。
ソフィアがラルクの意図をいち早く読み取って、横から口を出す。
その声が終わらぬうちに、ざざっと草むらが鳴った。
裸の男たちが飛び出してきたと認識した時には、すべてが手遅れだった。
「あ」
私は首筋に刺すような痛みを覚え、小さく声を上げた。
視界の隅で、ラルクとソフィアが倒れるのが見えた。
そして意識が反転し、私もやがて真っ暗な穴の中に頭から飲み込まれていった。
真っ青な空に白い雲。
驚くほど近くで波の寄せる音がした。
いい匂いが漂ってきて、キャンプの方角を見ると、焚火を囲んでラルクたちが食事の真っ最中だった。
「私にだけ戦わせておいて、なんなの、あんたたち?」
大股に近づいてにらみつけてやると、
「ご苦労」
食事を終えたラルクが偉そうに言った。
こいつ、うまそうに煙草までふかしてやがる。
いっちょ、覚えたての”エロ魔法”陰毛針千本”でもお見舞いしてやろうかと思ったけど、
「ごめんねー、敵が怪獣だと、あたしたち出る幕がなくって。おわびのしるしに、はい、これ。一番おいしいとこ、とっておいてあげたから」
てへっと舌を出し、ソフィアが金属製ボウルを差し出してきたから、タイミングを逃してしまった。
「なんなの? これ」
「ヤシガニでつくったスープ。一平がさっき捕まえてきたの。肉じゃがの肉の代わりにいいかと思って」
なるほど、中には汁物がたっぷり入っていて、カニの肉らしき白いものが浮き沈みしている。
「なかなかいけるんだぜ。まあ、食べてみろよ」
一平が得意げに勧めるので、ソフィアの横の岩に腰かけてご相伴にあずかることにした。
「ほおほお」
まったりした濃厚な味に、思わず舌鼓を打ってしまう。
「ジャガイモと相性いいんだね、このカニ」
「でしょう? あたしの味付けも、まんざらじゃないと思わない?」
「うん。いけるいける。さすが、一時宮殿住まいしてただけのことはあるね」
食べ物で簡単に機嫌を直してしまうところが、私のウィークポイントである。
大学でもこれでけっこう悪友たちにいいようにあしらわれたものだ。
「食べたら、さっそく移動だ。この丘から中央の山の稜線沿いに10キロほど行くと、滝がある。どうやらその滝が、帝国の前哨基地の入口らしい。そうだな? 一平」
「うん。間違いないって。だってきのう、おいら、見たんだもん。あのアラクネが、滝の中に入ってくのを」
ラルクに振られ、一平がうなずいた。
「アラクネが?」
私はカニの脚を口から垂らしたまま、一平の顔を見やった。
「あいつ、ここにきてるってわけ?」
闇の錬金術師、アラクネ。
一時は捕らえて女郎屋に売り飛ばしたのだが、こうもりに変身して逃げていった。
それが、いつのまにかこんな辺鄙な島に潜伏しているとは。
「怪獣が生息している以上、それも不思議はないだろう。なんせバイオテクノロジーはあいつのお家芸だからな」
ラルクがさも当然といったふうに煙草の煙を吐き出した時である。
ふいにどこからか、低い振動音が聞こえてきた。
太鼓を叩く音?
やだ。
なんだか、だんだん近づいてくるみたいなんだけど。
「みんな、気を付けて」
短く叫んだのは、ソフィアである。
「丘のほうに何かいる」
うっそうと生い茂る樹林に目をやって、背中の両手剣の柄に右手をかけている。
「なんなのさ? どこかでドラムの練習でもしてるってか?」
ふざけ半分に一平が言った、そのとたんだった。
「きゅう」
首筋を押さえて、当の一平が昏倒した。
「まずいな」
煙草を靴のかかとでにじり潰し、ラルクが腰を浮かせた。
珍しく険しい表情をその端正な横顔に浮かべている。
「まずいって、何がよ?」
「わからないか? 絶海の孤島で太鼓の音と吹き矢とくれば」
「原住民の襲撃ね」
さすが兄妹。
ソフィアがラルクの意図をいち早く読み取って、横から口を出す。
その声が終わらぬうちに、ざざっと草むらが鳴った。
裸の男たちが飛び出してきたと認識した時には、すべてが手遅れだった。
「あ」
私は首筋に刺すような痛みを覚え、小さく声を上げた。
視界の隅で、ラルクとソフィアが倒れるのが見えた。
そして意識が反転し、私もやがて真っ暗な穴の中に頭から飲み込まれていった。
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