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#135 幻界のミューズ⑮
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愛知県稲沢市とは、名古屋市と岐阜市の間にある、人口14万人弱の小都市である。
私がこの都市について知っていることといえば、JR名古屋駅から普通電車で15分くらいの距離にあるということと、地方都市の例にもれず、『いなっぴー』とかいうゆるキャラがいることくらい。
名古屋市に近いので、最近そのベッドタウンとして人口も増えているらしい。
ちなみに私は名古屋出身だ。
全国的にはほぼ無名の稲沢市の名前を聞いて、すぐぴんときたのはそうした理由からだった。
「どこなのだ、そのイナザワというのは」
難しい顔をするラルク。
学者のジョブをもってしても、さすがに異世界の地方都市の名までは知らないらしい。
「それって、もしかして、私の元いた世界の街のことじゃないかしら」
私が言葉をはさむと、
「その通りじゃ。今、幻界への扉は、異界にある」
鷹揚に、おばばがうなずいた。
私から見れば、この世界のほうが異界なのだが、ここの住人からすれば、向こうが異界ということになる。
まあ、それは相対的なものだから、とやかく言っても仕方がない。
「どうしてまた、そんなことに?」
「第2次魔王大戦が終わって、確かに魔王は氷の大陸の地下深く封印された。しかし、地上には魔王の息のかかった悪の種子がいくらか残っておってな、いつ勢力を結集して、幻界に攻撃をしかけるかわからなかったからじゃ」
「それで、勇者様たちが元の世界に帰るときに、幻界への扉も一緒に向こうへ転移させたというわけなのじゃよ」
ラルクの問いに、おばばのふたつの顔が、交互に答えた。
「なあんだ。なんだか私、すごく遠回りをした気分だよ」
私は、肩で大きくため息をついた。
「何も砂漠やら密林やらを命がけで踏破しなくても、稲沢なら、私んちから地下鉄とJRで30分なんだもん」
私のボヤキに、眉を吊り上げるラルク。
「それは、本末転倒というものだろう。翔子はこっちに召喚されなければ、ミューズの鍵のことも幻界のことも、まったく知らないままだったのだ。だが、考えようによっては、おまえがその場所を知っているというのは心強い」
ラルクの言う通りである。
それは重々承知しているけど、でも、なんとなく釈然としないのだ。
「まあ、いいわ。じゃ、その、幻界とやらの入口が、稲沢のスーパー銭湯にあるとしましょ。でも、ここからどうやってそこまで行くの?」
「なに、ワープセンターから跳ぶだけじゃ」
こともなげに、おばばの後ろの顔が答えた。
「ワープセンター?」
仰天した。
この世界には、そんなものがあるのか。
じゃあ、今までの決死の行軍は、いったい何だったのだ?
「あ、翔子、おまえ、そんな便利なものがあるのなら、これまでなぜそれを使わなかったと思って、今むっとしただろう?」
私の顔色を読んだのか、ラルクが言訳めいた口調で言った。
「だが、残念なことに、ワープ技術は、今やほとんど失われていて、このポラリスにしかないのだよ」
どうせそんなことだろうと思いましたよ。
だから、異界としかつながっていないワープ装置を使って、イオングループの人たちとかが、新規店舗展開のために、あっちとこっちを行き来してたってわけね。
でも、そうすると、あれ?
私はそこでふと、重大な事実に思い至り、内心小躍りした。
これって、うちに帰る、絶好のチャンスじゃない!
私がこの都市について知っていることといえば、JR名古屋駅から普通電車で15分くらいの距離にあるということと、地方都市の例にもれず、『いなっぴー』とかいうゆるキャラがいることくらい。
名古屋市に近いので、最近そのベッドタウンとして人口も増えているらしい。
ちなみに私は名古屋出身だ。
全国的にはほぼ無名の稲沢市の名前を聞いて、すぐぴんときたのはそうした理由からだった。
「どこなのだ、そのイナザワというのは」
難しい顔をするラルク。
学者のジョブをもってしても、さすがに異世界の地方都市の名までは知らないらしい。
「それって、もしかして、私の元いた世界の街のことじゃないかしら」
私が言葉をはさむと、
「その通りじゃ。今、幻界への扉は、異界にある」
鷹揚に、おばばがうなずいた。
私から見れば、この世界のほうが異界なのだが、ここの住人からすれば、向こうが異界ということになる。
まあ、それは相対的なものだから、とやかく言っても仕方がない。
「どうしてまた、そんなことに?」
「第2次魔王大戦が終わって、確かに魔王は氷の大陸の地下深く封印された。しかし、地上には魔王の息のかかった悪の種子がいくらか残っておってな、いつ勢力を結集して、幻界に攻撃をしかけるかわからなかったからじゃ」
「それで、勇者様たちが元の世界に帰るときに、幻界への扉も一緒に向こうへ転移させたというわけなのじゃよ」
ラルクの問いに、おばばのふたつの顔が、交互に答えた。
「なあんだ。なんだか私、すごく遠回りをした気分だよ」
私は、肩で大きくため息をついた。
「何も砂漠やら密林やらを命がけで踏破しなくても、稲沢なら、私んちから地下鉄とJRで30分なんだもん」
私のボヤキに、眉を吊り上げるラルク。
「それは、本末転倒というものだろう。翔子はこっちに召喚されなければ、ミューズの鍵のことも幻界のことも、まったく知らないままだったのだ。だが、考えようによっては、おまえがその場所を知っているというのは心強い」
ラルクの言う通りである。
それは重々承知しているけど、でも、なんとなく釈然としないのだ。
「まあ、いいわ。じゃ、その、幻界とやらの入口が、稲沢のスーパー銭湯にあるとしましょ。でも、ここからどうやってそこまで行くの?」
「なに、ワープセンターから跳ぶだけじゃ」
こともなげに、おばばの後ろの顔が答えた。
「ワープセンター?」
仰天した。
この世界には、そんなものがあるのか。
じゃあ、今までの決死の行軍は、いったい何だったのだ?
「あ、翔子、おまえ、そんな便利なものがあるのなら、これまでなぜそれを使わなかったと思って、今むっとしただろう?」
私の顔色を読んだのか、ラルクが言訳めいた口調で言った。
「だが、残念なことに、ワープ技術は、今やほとんど失われていて、このポラリスにしかないのだよ」
どうせそんなことだろうと思いましたよ。
だから、異界としかつながっていないワープ装置を使って、イオングループの人たちとかが、新規店舗展開のために、あっちとこっちを行き来してたってわけね。
でも、そうすると、あれ?
私はそこでふと、重大な事実に思い至り、内心小躍りした。
これって、うちに帰る、絶好のチャンスじゃない!
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