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#121 幻界のミューズ①
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いい匂いがする。
とっても懐かしい匂い。
「わあ、おでん屋さんだ」
私は思わず両手を打ち合わせた。
冬になると、どこのコンビニにも漂っていたこの匂い。
今は冬じゃないけど、急速にノスタルジックな気分がこみあげてきて、私はみんなを誘った。
「ね? おなかすいたでしょ? ちょっとあそこでおでん食べて行かない?」
「おでんって何? わあ、でも、おいしそうな匂いだね」
「おいらも乗った! うまいもん、大好き! ついでに酒も!」
「俺たち、魔王退治の途中なんだがな…。まあ、情報収集がてら、寄ることにするか」
というわけで、屋台の中である。
「おじさん、ゆで卵4つ」
「ひとりでかい? ふたつで十分だよ」
「だめ、4つがいいの」
「ところでマスター、黄鶴楼って知ってるか?」
「黄鶴楼? そこに見えてるだろ? 『カニ王家』の2階と3階。あれがそうさ」
おでん屋の主人は、ラルクにマスター呼ばわりされて、なんだかご機嫌そうだ。
親切に、カウンターの上に身を乗り出し、指で指して教えてくれた。
目を凝らしてみると、確かに、動く巨大カニロボットの上に、『黄鶴楼』なる看板も出ているようだ。
「スクネのばあさんってのは、今もご存命かな」
コンニャクを物珍しそうに食べながら、ラルクが更に訊く。
「ああ、さすがに現役は引退してるがな、認知症にもならず、バリバリやってるよ」
「黄鶴楼というのは、娼館なのだろう? 百歳超えて現役は、ちょっと怖い気がするな」
「はは、そうさな。ばあさん、確か今年で百二十歳とか言ってたからな。まさに生きた化石みたいなもんさね」
「百二十歳か。てことは、第二次魔王大戦の時は、二十歳だったってことか」
「そうさな。そんな大昔のこと、もうばあさんくらいしか知らないよ」
「あ、ニュースやってる」
ガンモをかじりながら、一平が棚の上のブラウン管テレビを指さした。
私が初めて見る、白黒テレビである。
空から撮影した映像なのか、流氷に覆われた海が映っている。
その真ん中を、氷を圧し砕きながら、漆黒の要塞みたいなものが前進している。
画像の下には、
『魔王軍、ロンバルデイアまであと100キロ』
なるテロップ。
「魔王といやあ、こりゃ、いよいよ、第三次大戦かねえ」
他人事のように主人がつぶやいた。
「そうさせないために、俺たちがいるんだが」
苦々しげに、ラルクが言った、その時だった。
突如として、凄まじい地響きがあたりを揺るがせた。
まるでビルでも倒れたかのような、そんな感じである。
「ん? なんだろ?」
屋台から首を伸ばした一平が、そこで化石になったように凍りつく。
「うひゃ。マジかよ。ふつうあり得んでしょ」
「どうしたの?」
はんぺんを口から垂らしてソフィアが訊いた。
「見ればわかるさ。一難去って、また一難ってやつだよ。ったくもう、おでんくらい、ゆっくり食わせろって」
とっても懐かしい匂い。
「わあ、おでん屋さんだ」
私は思わず両手を打ち合わせた。
冬になると、どこのコンビニにも漂っていたこの匂い。
今は冬じゃないけど、急速にノスタルジックな気分がこみあげてきて、私はみんなを誘った。
「ね? おなかすいたでしょ? ちょっとあそこでおでん食べて行かない?」
「おでんって何? わあ、でも、おいしそうな匂いだね」
「おいらも乗った! うまいもん、大好き! ついでに酒も!」
「俺たち、魔王退治の途中なんだがな…。まあ、情報収集がてら、寄ることにするか」
というわけで、屋台の中である。
「おじさん、ゆで卵4つ」
「ひとりでかい? ふたつで十分だよ」
「だめ、4つがいいの」
「ところでマスター、黄鶴楼って知ってるか?」
「黄鶴楼? そこに見えてるだろ? 『カニ王家』の2階と3階。あれがそうさ」
おでん屋の主人は、ラルクにマスター呼ばわりされて、なんだかご機嫌そうだ。
親切に、カウンターの上に身を乗り出し、指で指して教えてくれた。
目を凝らしてみると、確かに、動く巨大カニロボットの上に、『黄鶴楼』なる看板も出ているようだ。
「スクネのばあさんってのは、今もご存命かな」
コンニャクを物珍しそうに食べながら、ラルクが更に訊く。
「ああ、さすがに現役は引退してるがな、認知症にもならず、バリバリやってるよ」
「黄鶴楼というのは、娼館なのだろう? 百歳超えて現役は、ちょっと怖い気がするな」
「はは、そうさな。ばあさん、確か今年で百二十歳とか言ってたからな。まさに生きた化石みたいなもんさね」
「百二十歳か。てことは、第二次魔王大戦の時は、二十歳だったってことか」
「そうさな。そんな大昔のこと、もうばあさんくらいしか知らないよ」
「あ、ニュースやってる」
ガンモをかじりながら、一平が棚の上のブラウン管テレビを指さした。
私が初めて見る、白黒テレビである。
空から撮影した映像なのか、流氷に覆われた海が映っている。
その真ん中を、氷を圧し砕きながら、漆黒の要塞みたいなものが前進している。
画像の下には、
『魔王軍、ロンバルデイアまであと100キロ』
なるテロップ。
「魔王といやあ、こりゃ、いよいよ、第三次大戦かねえ」
他人事のように主人がつぶやいた。
「そうさせないために、俺たちがいるんだが」
苦々しげに、ラルクが言った、その時だった。
突如として、凄まじい地響きがあたりを揺るがせた。
まるでビルでも倒れたかのような、そんな感じである。
「ん? なんだろ?」
屋台から首を伸ばした一平が、そこで化石になったように凍りつく。
「うひゃ。マジかよ。ふつうあり得んでしょ」
「どうしたの?」
はんぺんを口から垂らしてソフィアが訊いた。
「見ればわかるさ。一難去って、また一難ってやつだよ。ったくもう、おでんくらい、ゆっくり食わせろって」
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