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#120 浮遊都市ポラリスの秘密⑳
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「どこにもないよねえ、黄鶴楼なんて」
案内掲示板をためつすがめつしながら、ソフィアが首をひねった。
「ショッピングモールの最深部って、このへんなんだけど」
私は周囲をぐるりと見渡した。
エスカレーターを最上階まで登ってたどり着いたのが、ここである。
ペントハウスのようなこの場所にはすでに店などなく、ガラス張りの壁の向こうはだだっ広い駐車場。
なんだか、タイヤのない自動車みたいなものが無数に停まっている。
どうやらポラリスの住民は、エアカーみたいな乗り物を自家用車にしているらしい。
「誰かに訊けばいいんじゃねーの? たとえばあのおばはんとか」
一平が指さしたのは、掃除道具片手に、ちょうどトイレから出てきた老婆である。
「あの、黄鶴楼って知りませんか? スクナっておばあさんがやってるお店みたいなんですけど」
一平の助言を受け容れて私がたずねると、
「黄鶴楼だとお? そりゃ、プレミアム層に行かねえと」
額の汗をゴム手袋をはめた手の甲でぬぐい、面倒くさそうに老婆が答えた。
「プレミアム層ですか? それは、どこにあるんです?」
「その奥のな、多機能付トイレが直通エレベーターになっててな、それに乗ればすぐじゃ」
老婆が、今し方自分が出てきた後方の通路を指さした。
なるほど、通路の入口に出ているトイレのマークは、日本と共通である。
「だども、プレミアム層には、プレミアム会員しかいけねえぞなもし」
品定めするように私たちを眺める老婆。
「なら、大丈夫だ」
言ったのは、ラルクである。
「ほら、これはプラチナカードだろう」
例のICカードを見せると、老婆がうなずいた。
「おお、確かに。こりゃ、VIP待遇の特別優待カードじゃねえべか」
さすが将軍様に贈られたものだけある。
持つべきものは名士の父親ということか。
多機能付トイレというのは、男子トイレと女子トイレの間にある、大きなトイレだった。
なかで赤ちゃんのおむつを替えたりできる、男女共用の空間である。
取っ手の所にスリットがあり、そこにラルクがカードを差し込むと、ピピっと電子音がして、ドアが開いた。
トイレのふりをした、大型エレベーターというわけだ。
4人乗っても、スペース的に十分な余裕がある。
壁にはボタンも回数表示も何もなく、かすかな振動とともに、いきなり床が上がり始めた。
5秒とかからず、上昇が止まる。
「うひゃあ、なんだここ」
先にエレベーターを出た一平が、素っ頓狂な声を上げた。
喧騒にまぎれて、なぜか大音量で演歌が聞こえてくる。
立ち並ぶ雑居ビルの壁面で明減する着物美人の広告。
見渡す限り、クラブやバーの看板である。
道行く人々の袖を引く、キャバレーの客引きたち。
ミニドレスで厚化粧の女たちが、あちこちに立ってしなをつくっている。
目の前に伸びる目抜き通りの突き当りには、
『かに王家』の飾り文字の上に、動くタラバガニの巨大模型。
「ここ、まるで昭和の歓楽街ね」
あっけに取られて、私はつぶやいた。
「でも、あたし、こういう雰囲気、けっこう好きかも」
好奇心旺盛なソフィアが、きらきら瞳を輝かせて、うれしそうに言った。
案内掲示板をためつすがめつしながら、ソフィアが首をひねった。
「ショッピングモールの最深部って、このへんなんだけど」
私は周囲をぐるりと見渡した。
エスカレーターを最上階まで登ってたどり着いたのが、ここである。
ペントハウスのようなこの場所にはすでに店などなく、ガラス張りの壁の向こうはだだっ広い駐車場。
なんだか、タイヤのない自動車みたいなものが無数に停まっている。
どうやらポラリスの住民は、エアカーみたいな乗り物を自家用車にしているらしい。
「誰かに訊けばいいんじゃねーの? たとえばあのおばはんとか」
一平が指さしたのは、掃除道具片手に、ちょうどトイレから出てきた老婆である。
「あの、黄鶴楼って知りませんか? スクナっておばあさんがやってるお店みたいなんですけど」
一平の助言を受け容れて私がたずねると、
「黄鶴楼だとお? そりゃ、プレミアム層に行かねえと」
額の汗をゴム手袋をはめた手の甲でぬぐい、面倒くさそうに老婆が答えた。
「プレミアム層ですか? それは、どこにあるんです?」
「その奥のな、多機能付トイレが直通エレベーターになっててな、それに乗ればすぐじゃ」
老婆が、今し方自分が出てきた後方の通路を指さした。
なるほど、通路の入口に出ているトイレのマークは、日本と共通である。
「だども、プレミアム層には、プレミアム会員しかいけねえぞなもし」
品定めするように私たちを眺める老婆。
「なら、大丈夫だ」
言ったのは、ラルクである。
「ほら、これはプラチナカードだろう」
例のICカードを見せると、老婆がうなずいた。
「おお、確かに。こりゃ、VIP待遇の特別優待カードじゃねえべか」
さすが将軍様に贈られたものだけある。
持つべきものは名士の父親ということか。
多機能付トイレというのは、男子トイレと女子トイレの間にある、大きなトイレだった。
なかで赤ちゃんのおむつを替えたりできる、男女共用の空間である。
取っ手の所にスリットがあり、そこにラルクがカードを差し込むと、ピピっと電子音がして、ドアが開いた。
トイレのふりをした、大型エレベーターというわけだ。
4人乗っても、スペース的に十分な余裕がある。
壁にはボタンも回数表示も何もなく、かすかな振動とともに、いきなり床が上がり始めた。
5秒とかからず、上昇が止まる。
「うひゃあ、なんだここ」
先にエレベーターを出た一平が、素っ頓狂な声を上げた。
喧騒にまぎれて、なぜか大音量で演歌が聞こえてくる。
立ち並ぶ雑居ビルの壁面で明減する着物美人の広告。
見渡す限り、クラブやバーの看板である。
道行く人々の袖を引く、キャバレーの客引きたち。
ミニドレスで厚化粧の女たちが、あちこちに立ってしなをつくっている。
目の前に伸びる目抜き通りの突き当りには、
『かに王家』の飾り文字の上に、動くタラバガニの巨大模型。
「ここ、まるで昭和の歓楽街ね」
あっけに取られて、私はつぶやいた。
「でも、あたし、こういう雰囲気、けっこう好きかも」
好奇心旺盛なソフィアが、きらきら瞳を輝かせて、うれしそうに言った。
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