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#30 ソフィアの決意
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私の好みのタイプは、夏目漱石である。
友人たちにはよく笑われたものだが、事実だから仕方がない。
男は渋くなくてはいけないと思う。
神経症を病み、眉間に縦じわが寄っているくらいがちょうどいい。
その意味でいうと、ソフィアたちの父親、アドラー将軍はかなり私の好みに近かった。
要塞の最上部、将軍の個室である。
といっても、個室というだけで、切り出した石を積み上げただけの牢屋みたいな部屋である。
真ん中に丸テーブルがひとつあるきりで、他には何もない。
階下から聞こえてくるのはカイルたちの笑い声。
反省会がいつのまにか飲み会に変わってしまったようだ。
「ごくろうだった」
部屋に足を踏み入れた私とソフィアを見るなり、将軍が言った。
「ソフィアも、そこの魔導士の娘も、よくやった。見事な戦いぶりだったぞ」
豊かな顎ひげを蓄えた、渋みのある中年男性である。
綺麗だけど鋭い目つきが、ソフィアによく似ている。
「アラクネを見ました」
将軍のねぎらいの言葉には答えず、だしぬけにソフィアが言った。
「アラクネはロンバルディアの宮廷錬金術師。この一件には、明らかに国王の一族がからんでいます」
「これ、滅多なことを言うんものではない」
あたりを窺うように視線を走らせ、将軍が声をひそめた。
「どこに間者が潜んでおるかもしれぬ。ただでさえおまえは出戻りなのだろう? 悪い噂が立つと、今度は放逐程度ではすまん。捕らえられて、間違いなく、牢獄行きだぞ」
「かまうもんですか。どうせ私は明日には村を発つつもりですから。この翔子と一緒に」
強い意志を秘めた口調で、ソフィアが言った。
「村を出てどうする?」
将軍の眉間の縦じわが深くなった。
「砂漠の道を、ポラリスに向かいます。ポラリスで、100年前の勇者たちの消息を調べ、彼らが持っていたというミューズの鍵を探します」
「ミューズの鍵だと?」
「宮廷で、罠にかけられた時、思い知ったのです。この世界には、魔王につらなる者たちが跳梁跋扈している。このままでは、魔王軍の到来を待たずして、サンフローレンス、ひいてはロンバルディアは滅びてしまう。ここは一刻も早くミューズの女神にあいまみえ、そのお力を借りるしかない、と」
「魔王軍は、世界の最南端の氷の大陸を出、東の大陸、ホウライに到達したと聞いておる。ホウライが落ちるまでにはまだ少し時間がかかるだろうが、その後、この中央大陸に乗り込んでくるのはまず間違いない。おまえの言う通り、あまり時間はないだろうな」
「だからこそ、行かせてほしいのです。私はもはや自由の身。後宮のお抱え女房などではありません。かつて父上の下で学んだ武術を、思う存分試してみたいのです」
「止めて引き下がるおまえでもあるまい」
将軍が苦笑する。
「いいだろう。ただし、一つだけ条件がある」
「条件? 何ですか?」
「ラルクを連れていけ。あれでも多少は役に立つ」
ラルク?
今度は私が眉間にしわを寄せる番だった。
よりによって、何ゆえあの役立たずを?
「お言葉ですが」
ソフィアも私と同意見のようだった。
「ラルク兄さまは、あくまでも書斎派のお方。冒険には向いておりませぬ」
「だから連れて行って、鍛えてやってほしいのだ。あのままでは、もしもの時にわしの後を継げぬからな」
ラルクよりは、弟のカイルのほうが、ずっとましに見えるけど…。
私がそう心の中でひとりごちた時、部屋の外から声がかかった。
「失礼します。お嬢様方、寝室の準備が整いました」
友人たちにはよく笑われたものだが、事実だから仕方がない。
男は渋くなくてはいけないと思う。
神経症を病み、眉間に縦じわが寄っているくらいがちょうどいい。
その意味でいうと、ソフィアたちの父親、アドラー将軍はかなり私の好みに近かった。
要塞の最上部、将軍の個室である。
といっても、個室というだけで、切り出した石を積み上げただけの牢屋みたいな部屋である。
真ん中に丸テーブルがひとつあるきりで、他には何もない。
階下から聞こえてくるのはカイルたちの笑い声。
反省会がいつのまにか飲み会に変わってしまったようだ。
「ごくろうだった」
部屋に足を踏み入れた私とソフィアを見るなり、将軍が言った。
「ソフィアも、そこの魔導士の娘も、よくやった。見事な戦いぶりだったぞ」
豊かな顎ひげを蓄えた、渋みのある中年男性である。
綺麗だけど鋭い目つきが、ソフィアによく似ている。
「アラクネを見ました」
将軍のねぎらいの言葉には答えず、だしぬけにソフィアが言った。
「アラクネはロンバルディアの宮廷錬金術師。この一件には、明らかに国王の一族がからんでいます」
「これ、滅多なことを言うんものではない」
あたりを窺うように視線を走らせ、将軍が声をひそめた。
「どこに間者が潜んでおるかもしれぬ。ただでさえおまえは出戻りなのだろう? 悪い噂が立つと、今度は放逐程度ではすまん。捕らえられて、間違いなく、牢獄行きだぞ」
「かまうもんですか。どうせ私は明日には村を発つつもりですから。この翔子と一緒に」
強い意志を秘めた口調で、ソフィアが言った。
「村を出てどうする?」
将軍の眉間の縦じわが深くなった。
「砂漠の道を、ポラリスに向かいます。ポラリスで、100年前の勇者たちの消息を調べ、彼らが持っていたというミューズの鍵を探します」
「ミューズの鍵だと?」
「宮廷で、罠にかけられた時、思い知ったのです。この世界には、魔王につらなる者たちが跳梁跋扈している。このままでは、魔王軍の到来を待たずして、サンフローレンス、ひいてはロンバルディアは滅びてしまう。ここは一刻も早くミューズの女神にあいまみえ、そのお力を借りるしかない、と」
「魔王軍は、世界の最南端の氷の大陸を出、東の大陸、ホウライに到達したと聞いておる。ホウライが落ちるまでにはまだ少し時間がかかるだろうが、その後、この中央大陸に乗り込んでくるのはまず間違いない。おまえの言う通り、あまり時間はないだろうな」
「だからこそ、行かせてほしいのです。私はもはや自由の身。後宮のお抱え女房などではありません。かつて父上の下で学んだ武術を、思う存分試してみたいのです」
「止めて引き下がるおまえでもあるまい」
将軍が苦笑する。
「いいだろう。ただし、一つだけ条件がある」
「条件? 何ですか?」
「ラルクを連れていけ。あれでも多少は役に立つ」
ラルク?
今度は私が眉間にしわを寄せる番だった。
よりによって、何ゆえあの役立たずを?
「お言葉ですが」
ソフィアも私と同意見のようだった。
「ラルク兄さまは、あくまでも書斎派のお方。冒険には向いておりませぬ」
「だから連れて行って、鍛えてやってほしいのだ。あのままでは、もしもの時にわしの後を継げぬからな」
ラルクよりは、弟のカイルのほうが、ずっとましに見えるけど…。
私がそう心の中でひとりごちた時、部屋の外から声がかかった。
「失礼します。お嬢様方、寝室の準備が整いました」
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