異世界病棟

戸影絵麻

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#74 ブラックナース・レンゲ

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「歩けるか?」
 蓮月がたずねてきた。
「あ、ああ」
 試しに一歩、右足を踏み出してみる。
 いきなり膝がぐにゃりと砕け、僕はベッドの手すりにもたれかった。
 無理だった。
 退化してしまったのか、脚には筋肉というものがほとんどない。
 立っているのがせいいっぱいというか、いや、それより、こうしている間にも足自体が少しずつ縮んでいくようだ。
 それは腕も同じだった。
 さっき見た時よりも、5センチほど縮んでいるような気がする。
 両腕、両足の退化が、加速しているのである。
 つまりは、僕の肉体は、完全な妖蛆化へと絶賛進行中というわけだ。
「しょうがない。ベッドに寝ろ。結束バンドで固定して、ベッドごと連れていく」
 くびれた腰に両のこぶしをあてがい、みじめな僕を見下ろして蓮月が言った。
「す、すまない…」
 僕は倒れ込むようにベッドの中央に横たわった。
 蛆虫なら蛆虫らしく、床を這って行くべきなのかもしれないが、体力的にとても持ちそうになかった。
 それに、蛆虫に変身したばかりの僕には、効率のいい這い方もわからない。
 病室の外から、例の「ウオ~ン」という喚き声が聞こえてくる。
 それも一か所からではない。
 喚き声同士が呼応し合い、あちこちの病室で患者たちが泣き叫んでいるのだ。
 今更言うまでもなく、天井も壁も茶色の汚物で覆い尽くされている。
 蓮月のブラックナース・コスでも明らかなように、病棟全体が”夜モード”に移行した証拠である。
 でも、そうなると、この極限状況で、僕の味方は蓮月ひとりだけ?
「先生は、来ないの?」
 訊くと、蓮月の頬がかすかにひきつった。
「泰良先生なら、現在行方不明中。乙都あてのビデオレターしか残っていないんだ。だから、オトの救出には、あんたとあたしで行くしかない」
「けど、病棟の外は、またアレなんだろ? 化け物と化した患者たちとか、生命を吹き込まれた事務器具とかがいっぱいいて…」
「そうさ。この時間の病棟はどこも無法地帯だよ。まあ、化け物のあんたに言われたかないけどさ」
「お、俺はほとんど戦力にならないよ…。それなのに、ふたりで?」
 蓮月がいかに力持ちで身体能力が高くても、多勢に無勢である。
 ゾンビや付喪神たちのパレードにひとりで立ち向かえるとは思えない。
「この際、仕方がない。最悪、うちのペットに護衛を頼むさ」
 蓮月は言うと、後ろを振り向き、”コンドウサン”側のカーテンを乱暴に引き開けた。
「ほら、ゲイジン、おまえの出番だよ」
 布団の中でペンライトのような眼が光りー。
 グアアアアッ。
 病室に獣じみた声が響き渡り、ベッドから異形の者が身を起こすのが見えた。
 

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