異世界病棟

戸影絵麻

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#65 病棟探索④

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「い、いえ、そんなつもりは…」
 無意識のうちに、後退さっていた。
 後退したため、女性のコンパスみたいに長い脚の間から、隣室の床が見えた。
 リノリウムの白い床は、赤黒い液体でべっとりと汚れている。
 シンクから滴る色つきの液体が、床にこぼれて少しずつ面積を広げているのである。
 そして、その赤い水たまりの中に転がる、とぐろを巻いた長いホースのようなもの。
 途中で引きちぎられて放り出されたようなそれは、全体が結節だらけで、人肌に近い色をしている。
 湯気を立てるそれに似ているものをひとつあげるとすれば、はらわたの一部、そう、さしずめ、大腸だろう。
「何をじろじろ見ているのですか? あなたの尿の量は、私が記録しておくと言ったはずですが」
 身長2メートル以上はありそうな看護師が、一転して冷ややかな声になり、脅すように言った。
 相変わらず顔の上半分は、間仕切りの上部の鴨居に隠れて見えていない。
「私は作業中で忙しいのです。用が済んだらさっさと病室に戻ったらどうですか」
「あの…作業って、何をしてるんですか?」
 今すぐにでも踵を返して逃げ出したくなる得体の知れぬ恐怖を押さえ込んで、僕は訊いた。
 この病院は、色々とおかしい。
 自由に動き回れるようになった以上、調べてみたいことが山ほどある。
 それに、今気づいたけど、この匂い…。
 これって、まぎれもなく血の匂いでは…?
「何をって…わかるでしょう? 解体作業ですよ」
 一瞬の逡巡ののち、真っ赤に染まった両手を差し出して、看護師が答えた。
「病院で、解体作業? いったい、何の?」
「豚です」
 吐き捨てるような口調で看護師が続けた。
「ただの廃豚、廃棄処分の豚ですよ」
 廃豚?
 あり得ない。
 どうして病院で、豚なんか解体する必要がある?
 更に突っ込もうとした時だった。
「ユズハさん、504号室お願い。その作業は私が引き継ぐから」
 部屋の奥から年配の看護師の声がした。
「はあい、ただ今」
 おそろしくのっぽの看護師が、打って変わって明るい声で返事をする。
 ユズハ?
 どこかで聞いた名前だった。
 確かあれは…。
 そうだ。
 失踪する直前、隣の藤田氏が言っていた看護師の名前が、ユズハではなかったか?
 明日退院するから、今晩、どうしてもユズハと会うんだと…。
 てことは、あの血の海は、まさか…・?
 僕の顔色に気づいたのかー。
 立ち去り際に、キリンのような看護師が低く押し殺した声で言い捨てた。
「ひとつ警告しておく。命が惜しければ、余計なことに首をつっこむんじゃない。わかったら、さっさとお行き」




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