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#64 病棟探索③
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どこをどう歩いたのか、覚えていない。
ふと我に返ると、僕はトイレの前に立っていた。
胸がどきどきしてならなかった。
治ったはずの心筋梗塞が、またぶり返しそうな勢いだ。
深呼吸して気持ちを落ちつける。
看護師たちと患者の会話。
ベッドの軋む音。
現実の喧騒が戻ってくる。
僕が居るのは、どうやら西病棟と東病棟の廊下をつなぐ、短い横道の間にあるトイレのようだ。
気がつくと、かなり膀胱が張っていて、キリキリと下腹が痛んだ。
タイミングとしては、ちょうどいい。
点滴スタンドを支えに、男子トイレに入る。
入ってすぐが洗面台で、奥には右手に小便器が3つ、左手に個室が2つ並んでいる。
個室の端は掃除道具入れだろう。
小便器と壁の間に点滴スタンドを立て、背中を伸ばすと、目と鼻の先の棚に並ぶコップが視界に入ってきた。
「ああ、これか」
その使い捨て紙コップの列を見て、僕は乙都に言われたことを思い出した。
-ひとりでトイレに行くのはいいですが、必ずその都度尿の分量をはかってください。やり方は簡単です。採尿コップに尿を入れて、トイレの奥の保管室にいる看護師さんに渡せばいいのです。
左手を見ると、確かに奥はカーテンで仕切られ、別の部屋に続いている。
中に人の気配がすることからしても、どうやらあれが乙都の言う保管室のようだ。
コップを手に取り、危なっかしい手つきで排尿を済ませた。
「すみません。あのう」
おそるおそる声をかけると、
「あ、おしっこですね」
明るい女性の声が返ってきた。
奥のカーテンが開く。
異様に背の高い看護師が、その向こうに立っていた。
背が高すぎて、口から上が入口の鴨居より上にあり、顔が隠れて見えないほどだ。
看護師の後ろには、蛇口の下に大きなシンクがあり、彼女はつい今さっきまでそこで洗い物をしていたらしい。
蛇口からはまだ水が流れ、シンクがいっぱいになっているのか、縁から薄ピンク色の液体が垂れている。
「そのコップ、いただきますね。記録はこちらでつけておきますから、大丈夫ですよ」
気さくな口調で言い、顔の見えない看護師が両手を差し出した。
「お願い、しま…」
が、その手にコップを渡そうとした瞬間、僕は凍りついた。
ビニール手袋をした看護師の両手は、真っ赤な液体で濡れている。
絵具やペンキの類いとは、明らかに質感が違う。
しかも、指の股には、何か肌色の肉片みたいなものがこびりついている…。
「どうかしましたか?」
顏のない看護師が、真紅のルージュを塗った大きな口を三日月の形にゆがめて、にたっと笑った。
「私の手に、何かついてます?」
ふと我に返ると、僕はトイレの前に立っていた。
胸がどきどきしてならなかった。
治ったはずの心筋梗塞が、またぶり返しそうな勢いだ。
深呼吸して気持ちを落ちつける。
看護師たちと患者の会話。
ベッドの軋む音。
現実の喧騒が戻ってくる。
僕が居るのは、どうやら西病棟と東病棟の廊下をつなぐ、短い横道の間にあるトイレのようだ。
気がつくと、かなり膀胱が張っていて、キリキリと下腹が痛んだ。
タイミングとしては、ちょうどいい。
点滴スタンドを支えに、男子トイレに入る。
入ってすぐが洗面台で、奥には右手に小便器が3つ、左手に個室が2つ並んでいる。
個室の端は掃除道具入れだろう。
小便器と壁の間に点滴スタンドを立て、背中を伸ばすと、目と鼻の先の棚に並ぶコップが視界に入ってきた。
「ああ、これか」
その使い捨て紙コップの列を見て、僕は乙都に言われたことを思い出した。
-ひとりでトイレに行くのはいいですが、必ずその都度尿の分量をはかってください。やり方は簡単です。採尿コップに尿を入れて、トイレの奥の保管室にいる看護師さんに渡せばいいのです。
左手を見ると、確かに奥はカーテンで仕切られ、別の部屋に続いている。
中に人の気配がすることからしても、どうやらあれが乙都の言う保管室のようだ。
コップを手に取り、危なっかしい手つきで排尿を済ませた。
「すみません。あのう」
おそるおそる声をかけると、
「あ、おしっこですね」
明るい女性の声が返ってきた。
奥のカーテンが開く。
異様に背の高い看護師が、その向こうに立っていた。
背が高すぎて、口から上が入口の鴨居より上にあり、顔が隠れて見えないほどだ。
看護師の後ろには、蛇口の下に大きなシンクがあり、彼女はつい今さっきまでそこで洗い物をしていたらしい。
蛇口からはまだ水が流れ、シンクがいっぱいになっているのか、縁から薄ピンク色の液体が垂れている。
「そのコップ、いただきますね。記録はこちらでつけておきますから、大丈夫ですよ」
気さくな口調で言い、顔の見えない看護師が両手を差し出した。
「お願い、しま…」
が、その手にコップを渡そうとした瞬間、僕は凍りついた。
ビニール手袋をした看護師の両手は、真っ赤な液体で濡れている。
絵具やペンキの類いとは、明らかに質感が違う。
しかも、指の股には、何か肌色の肉片みたいなものがこびりついている…。
「どうかしましたか?」
顏のない看護師が、真紅のルージュを塗った大きな口を三日月の形にゆがめて、にたっと笑った。
「私の手に、何かついてます?」
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