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#59 深淵に潜むもの②
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須弥のあいだ、透徹といえるほどにあまねく広がり、澄み渡った僕の意識ー。
だが、それは、やがて地球上のすべての物体が引力のくびきから逃れられぬよう、また肉体に引き戻される。
堕ちていくにつれて、あれほど”世界知”に近かったほぼ全能の知識が、手のひらからこぼれる砂のように、僕の中からどんどん抜け落ちていく。
足元に開く奈落の底に血と肉のるつぼが見える。
そこで待っているのは堪らぬ不快感と激痛だが、入ってみると今は何かが微妙に異なっていることがわかった。
一時死に瀕していた肉体ー内臓だけバラバラに配置されたそれを肉体と呼べるものなら、だがーが、なぜか少しずつ蘇生に向かっているのが感じられるのだ。
これまで感じたことのない未知の感触に、僕の神経叢は風になびく竹林のように心細げに振動する。
何か、硬質で、それでいて弾力のある組織体が、躰の末端から始まってじわじわと全身に広がろうとしているのだった。
視界は閉ざされている。
が、聴覚は戻っていた。
僕を囲む先生たちの会話が聞こえてくる。
どうやら、手術の推移について語り合っているらしい。
-線虫が結節を破壊、血流が再開されました。
-心機能復活。よかった。これで少なくとも死は免れます。
しばしの沈黙。
それを破って、先生の声。
-そうだが、喜ぶのは早そうだ。見ろ。
-ん? なんですか? これは?
-予定通り、線虫が、綻び、詰まった冠動脈に置き変わった。老化の激しかった尿道もだ。予定通りだから、それはいい。だが、まさか、こんなふうに、影響が他の部位にまで…。
-びっくりするほど、変異の進行が速い…。いったい、何が始まろうとしているのですか?
-妖蛆化だ。
-”ようそ”化?
-ああ。これが始まったら、少年は、もう…。
-人間には、戻れない…とでも?
-可哀想だが、そういうことだ。
-もとのアレが、人間と言えるかどうかは別として…ですね。
-オルガ…イド?
-問題は、部長がなんとおっしゃるかということだな。このように妖蛆化した検体が役に立つのかどうか…。
-役に立たなければ?
-むろん、廃棄処分だろう。
だが、それは、やがて地球上のすべての物体が引力のくびきから逃れられぬよう、また肉体に引き戻される。
堕ちていくにつれて、あれほど”世界知”に近かったほぼ全能の知識が、手のひらからこぼれる砂のように、僕の中からどんどん抜け落ちていく。
足元に開く奈落の底に血と肉のるつぼが見える。
そこで待っているのは堪らぬ不快感と激痛だが、入ってみると今は何かが微妙に異なっていることがわかった。
一時死に瀕していた肉体ー内臓だけバラバラに配置されたそれを肉体と呼べるものなら、だがーが、なぜか少しずつ蘇生に向かっているのが感じられるのだ。
これまで感じたことのない未知の感触に、僕の神経叢は風になびく竹林のように心細げに振動する。
何か、硬質で、それでいて弾力のある組織体が、躰の末端から始まってじわじわと全身に広がろうとしているのだった。
視界は閉ざされている。
が、聴覚は戻っていた。
僕を囲む先生たちの会話が聞こえてくる。
どうやら、手術の推移について語り合っているらしい。
-線虫が結節を破壊、血流が再開されました。
-心機能復活。よかった。これで少なくとも死は免れます。
しばしの沈黙。
それを破って、先生の声。
-そうだが、喜ぶのは早そうだ。見ろ。
-ん? なんですか? これは?
-予定通り、線虫が、綻び、詰まった冠動脈に置き変わった。老化の激しかった尿道もだ。予定通りだから、それはいい。だが、まさか、こんなふうに、影響が他の部位にまで…。
-びっくりするほど、変異の進行が速い…。いったい、何が始まろうとしているのですか?
-妖蛆化だ。
-”ようそ”化?
-ああ。これが始まったら、少年は、もう…。
-人間には、戻れない…とでも?
-可哀想だが、そういうことだ。
-もとのアレが、人間と言えるかどうかは別として…ですね。
-オルガ…イド?
-問題は、部長がなんとおっしゃるかということだな。このように妖蛆化した検体が役に立つのかどうか…。
-役に立たなければ?
-むろん、廃棄処分だろう。
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