異世界病棟

戸影絵麻

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#53 地階に満ちる闇

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 先生の背後でエレベーターの扉が開いていく。
 背中に枕を当てて上体を15度ほど起こしているので、僕にもベッドの足元のほうの様子が見えるのだ。
「何か、います。せんせ、気をつけて」
 僕の頭のほうに立った乙都が叫ぶように言う。
 出口のほうを振り向くなり、先生の右手が大きく弧を描き、鞭がうなった。
 ぐぎゃ。
 不気味な悲鳴を発してのけぞったのは、意味不明の物体だった。
 スチール製の机である。
 どこの事務所にもあるようなグレーの机が、引出しを舌のようにひらめかせて、仰向けにひっくり返ったのだ。
 よく見ると、床に仰向けになったその机は、くねくねと動いていた。
 四本の足を弱々しく蠢かせているさまは、まるで殺虫剤を浴びせかけられたゴキブリのようだ。
 が、僕の肝を冷やしたのは、その”生きた机”だけではなかった。
 目の前に広がるフロアに、右と左の通路から、異様な集団が押し寄せてくる。
 2メートルほどもあるスチール棚、ジュースの自動販売機、僕が寝ているのと同じようなベッド…。
 病院のあちこちで見かけるさまざま器具や設備が、直立したコンニャクみたいに躰をうねらせながら、通路を練り歩いてくるのだ。
 それはあたかも、狂気のパレードだった。
 ゾンビ化した患者もかなり嫌だけど、訳が分からないだけに、こいつらの不気味さは相当なものである。
「典型的なシビトツキですね」
 ベッドの後ろで注射器を胸に抱き、乙都が言った。
「ああ。しかし、精液感染がここまで広まっているとはな。だから愚者の精液を保管しておくのは反対なんだ」
 ふたりの会話は相変わらず謎めいている。
「せんせ、どいて。ここはあたしと乙都が無双で片づけるから」
 革製の胸当てに辛うじて包まれた西瓜みたいな胸をゆさゆさ揺らしながら、蓮月が先に立って箱を出た。
 その後を、巨大注射器をかまえた黒ミニワンピ姿の乙都が続く。
「お手柔らかにな」
 先生がベッドを押してエレベーターを出ると、澄んだ音を響かせて後ろで扉が閉まった。
 左右に展開するふたりのダークナースの向こうに、両開きの分厚い扉が見える。
 あれがICU(集中治療室)への入口なのだろう。
「あたしがこっちを片づけるから、乙都はあっちの集団をお願いね」
「おけ」
 そうして、蓮月の宣言通り、”無双状態”が始まった。

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