異世界病棟

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
52 / 88

#51 エレベーターホールの死闘③

しおりを挟む
 ドアが開く音とともに、凄まじい臭気が溢れ出してきた。
 なんともいえぬ、生臭い匂い。
 まるで海面を覆い尽くすヘドロみたいな臭いが、ほとんど物質と化して顔に吹きつけてきたのだ。
 自らに課した禁を破って、僕は思わず枕の上で首だけをを起こしていた。
 扉の開いたエレベーターの入口に、誰か立っている。
 病衣を着ているから患者なのだろうけど、それにしては恐ろしく背が高い。
 それもそのはず、頭部が異様に大きいのだ。
 天井に届きそうなその頭はラグビーボールみたいな紡錘形をしていて、後頭部が後ろに突き出している。
 表皮はザラザラで灰色。
 髪も眉もなく、おそろしく離れた小さな眼が顏の両側にぽつりと開いている。
 更に異様なのは、病衣の袖から出ている手が、触手のように長く、先細りになっていることだった。
 しかもその触手、先端がいくつにも割れて、それぞれにびっしりと吸盤がついている。
「おまえはゲイジンだな」
 瑞季先生が言った。
「M1号に会いに来たのか」
 グフ。
 異形の者が鳴いた。
 小さな眼ではるかな高みからじっと先生を見下ろしている。
 ゲイジン?
 なんのことだろう?
 先生は、これが芸人の仮装だとでもいうのだろうか。
 だが、仮装にしては、あまりに生々しすぎる。
 あのリアルな肌の質感といい、充血した眼といい、耳まで裂けた巨大な口から垂れる涎といい…。
 どう見ても、本物の化け物だろう。
 その化け物の重そうな頭部が、展望台の双眼鏡みたいにゆっくり動き、やがてベッドの上の僕を捉えた。
 目と目が合った瞬間、僕は悟った。
 この目…。
 これは、”コンドウサン”のカーテンからのぞいていたのと、同じ目だ。
 グフ。
 怪物がつぶやいて、一歩エレベーターの箱から出た時だった。
「うわあああああああっ!」
 待ちかまえていたように、蓮月が太くたくましい腕で、点滴スタンドを振り下ろした。
「くらええっ!」
 横っ面を張られ、よろめいた怪物の腹に、乙都が思いきり巨大注射器の針を突き立てる。
 ガウッ。
 前のめりによろめく怪物。
 が、まだ倒れない。
 と、タンっと床を蹴って、先生が跳んだ。
 軽々ベッドを跳び越すと、怪物の正面に着地して、高々と右足を振り上げる。
 ハイレグボンテージスーツから伸びた長い脚が、頭上に上がった。
 網タイツとVゾーンの間の真っ白な絶対領域が、照明に艶めかしく光る。
 が、それも一瞬のこと。
 次の瞬間、猛スピードで振り下ろされた先生の右足の踵が、すごい勢いで怪物の脳天にめり込んだ。
 ギャフ。
 ひと声うめいて、肉のひしゃげる音とともに、怪物が床にくず折れる。
「出た。ミズキせんせの必殺かかと落とし」
 蓮月がパチパチと拍手した。
「オト、そこのスリッパ、拾ってくれない?」
 吹っ飛んだ自分のスリッパを指差して、なんでもなかったように先生が言った。

 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...