異世界病棟

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
50 / 88

#49 エレベーターホールの死闘①

しおりを挟む
「ご、ごめんなさい…」
 先生の剣幕に押され、僕はあわてて掛布団を鼻の下まで引き上げた。
 尿のほうは、もうどうしようもなかった。
 いったん排尿が始まってしまったら、誰だって途中で止めるなんてできないからだ。
「エレベーターホールが見えてきました」
 急角度でベッドがコーナーを曲がると、先頭に立っていた蓮月が言った。
「でも、まずいですねえ。”ひともどき”がわんさか湧いてます。少年のおしっこの匂いを嗅ぎつけて、早くも興奮のるつぼみたいですよ」
「くう、だからいわんこっちゃない! どうせ東棟のやつらがまた霊園荒らしを始めたんだろう。人骨なら、旧墓地を漁れば掃いて捨てるほど埋まっているからな」
 ひともどき?
 人骨?
 旧墓地?
 相変わらず先生の口から飛び出る単語は不気味なものばかりである。
「仕方がない。オト、一番近いエレベーターまでの間に、聖水を撒け。きょうはどんな成分を仕込んである?」
「まだ寒いので、柚子をベースにした出汁に、中東の地下教会直輸入の聖水を混ぜてみました。試作品なので、効果のほどはわかりません」
「柚子か。悪くない。たぶん、いけるだろう。それでいい」
「ありがとうございます」
 乙都が巨大注射器をよっこらせと抱え直すと、点滴スタンドを左肩に担いだ蓮月が訊いた。
「あたしは何を?」
「私がこれでひともどきたちの注意を逸らす」
 ずぼっ。
 言うなり先生が布団をめくって、いきなり僕の下半身からカテーテルを引き抜いた。
「あひっ!」
 尿道から管が抜ける異様な快感に、僕はベッドの上でバウンドした。
「その間に、レンゲはエレベーターに走って、回数ボタンを押してくれ。そして箱が上がってきたら、やつらに侵入されないよう、入口を死守するんだ」
「OK。お安いご用!」
 レンゲの返事を聞くや否や、先生がカテーテルを放り投げた。
 尿パットをつけたままのプラスチックの管が、くるくる回りながら右手のほうに飛んでいく。
 ずざざざざっ!
 あううううっ!
 ばうっ! ばうっ!
 一斉に何かが動く気配。
 進行方向に、確かに何か得体の知れないものたちが、たくさんひしめきあっているようだ。
「オト、今だ! 噴霧開始!」
 先生の声に、
「ラジャー!」
 乙都が機関銃のように巨大注射器を振り上げる。
 その先端に突き出た銀色の注射針から噴水のように透明な液体が噴き上がると、
 ぎゃあああああっ!
 気色の悪い悲鳴があたりに満ち満ちた。
「もらったあっ!」
 レンゲが歓声を上げ、獰猛な雄牛のようにダッシュする。
「急げ! 東病棟側通路から、第二陣!」
 ベッドの柵を握った両手に力を込め、ぐいっと前に押し出すと、先生が蓮月の背中に向けてそう警告を発した。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...