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#44 応急措置
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「やれやれ、さっき検査したばかりだっていうのに、いったい全体今度は何の騒ぎだ」
仏頂面で引き返してきた泰良瑞季女史が、細い腰に手を当て、呆れたような顏で僕を見下ろした。
「そ、それが、モニター画面に変な紙人形みたいなものが貼りつけてあって、それを見たとたん颯太さんが・・・」
乙都がうなだれて、おどおどした口調で説明する。
「紙人形? なんだそれは? そんなもの、どこにある?」
女医が丸眼鏡に手をやって、部屋の中を見回した。
「わ、わかりません。私がはぎ取って、床に捨てたはずなんですけど・・・」
いや、床じゃない。
あれは天井に貼りついていたのだ。
あたかも苦しむ僕を見下ろすように・・・。
「まあ、いい。そろそろ匂いを嗅ぎつけるやつが出てきても不思議じゃない。東棟の差し金という可能性もある。だが、この検体は心臓外科のやつらに渡すわけにはいかないんだ」
女医の言葉は半分が意味不明だ。
検体というのはおそらく僕のことだろうが、なぜそこに東棟だの心臓外科だのが出てくるのか。
病棟内に、派閥争いでもあるみたいな口ぶりだ。
「とりあえず、ニトロを舐めておけ。正式な施術は夜中になるから、それまでの応急措置だ」
女医が僕の口をこじ開け、舌の下に錠剤を放り込んだ。
このニトロというのは、例の溶かして服用する頓服薬である。
苦い薬を飲みこむと、まだしつこく残っていた胸苦しさが、すーっと嘘のように引いていった。
「点滴に睡眠薬を投与しろ。どうせ夕食も抜きだから、少年はそのまま深夜まで寝かせておけ。あと、これをカーテンの外側に吹きつけておくといい」
女医が乙都に、白衣のポケットから取り出したスプレー式の消毒薬みたいなものを渡した。
「これは?」
「虫除けだよ。これを散布すれば、一時的に結界が張れる。元はと言えば、保管庫の護符替わりに使っているものだが」
特別な消毒液・・・。
そういえば、失踪する前に、藤田氏がそんなようなことを話していた気がする。
ある特殊な消毒液のある場所に行けば、”やつら”も寄ってこないとかなんとか・・・。
”やつら”というのが何なのかわからないけど、特殊な消毒液って、これのことじゃなかろうか・・・。
「わかりました」
乙都が有り難そうにスプレーを受け取り、豊かな胸に抱いた。
「つまり、感染予防ってわけですね。こうなったら、隅から隅までしっかり散布しておきます」
「まあな。強いて言うなら、悪夢からの感染を予防するってことになるだろうが・・・。レンゲの担当患者といい、どうも最近、この昼世界に対する汚染が目立つようだ」
「あれ、そういえば、レンゲちゃんは?」
乙都がキョロキョロ周囲を見回すと、カーテンの向こうから、蓮月のひそひそ声が漏れ聞こえてきた。
「ああん、そんなに強く吸っちゃダメ。隣に先生が来てんのよ。ばれたらどうすんの?」
やれやれ、というふうに両手を広げる泰良女医。
乙都が大きな瞳を伏せ、ぽっと目の下を赤らめた。
どうやら蓮月のやつ、先生を呼びに行ったついでに、いつのまにかまたコンドウサンの所に戻っていたらしい。
「それはそうと、少年」
女医が掛布団をめくって、僕のカテーテルを手に取り、ためつすがめつ眺め始めた。
「きょうも、もうすでに精通があったそうだが、その時は心臓の具合はどうだった?」
「え、えと」
今度は僕が赤くなる番だった。
「平気でした。きょうは乙都ひとりだったし、やり方が優しかったから・・・」
「そうか」
女医が、クールな視線を首から上を赤く染めてもじもじしている乙都に向けた。
「そういうことなら、今後のエキス採取係は乙都で決まりだな」
仏頂面で引き返してきた泰良瑞季女史が、細い腰に手を当て、呆れたような顏で僕を見下ろした。
「そ、それが、モニター画面に変な紙人形みたいなものが貼りつけてあって、それを見たとたん颯太さんが・・・」
乙都がうなだれて、おどおどした口調で説明する。
「紙人形? なんだそれは? そんなもの、どこにある?」
女医が丸眼鏡に手をやって、部屋の中を見回した。
「わ、わかりません。私がはぎ取って、床に捨てたはずなんですけど・・・」
いや、床じゃない。
あれは天井に貼りついていたのだ。
あたかも苦しむ僕を見下ろすように・・・。
「まあ、いい。そろそろ匂いを嗅ぎつけるやつが出てきても不思議じゃない。東棟の差し金という可能性もある。だが、この検体は心臓外科のやつらに渡すわけにはいかないんだ」
女医の言葉は半分が意味不明だ。
検体というのはおそらく僕のことだろうが、なぜそこに東棟だの心臓外科だのが出てくるのか。
病棟内に、派閥争いでもあるみたいな口ぶりだ。
「とりあえず、ニトロを舐めておけ。正式な施術は夜中になるから、それまでの応急措置だ」
女医が僕の口をこじ開け、舌の下に錠剤を放り込んだ。
このニトロというのは、例の溶かして服用する頓服薬である。
苦い薬を飲みこむと、まだしつこく残っていた胸苦しさが、すーっと嘘のように引いていった。
「点滴に睡眠薬を投与しろ。どうせ夕食も抜きだから、少年はそのまま深夜まで寝かせておけ。あと、これをカーテンの外側に吹きつけておくといい」
女医が乙都に、白衣のポケットから取り出したスプレー式の消毒薬みたいなものを渡した。
「これは?」
「虫除けだよ。これを散布すれば、一時的に結界が張れる。元はと言えば、保管庫の護符替わりに使っているものだが」
特別な消毒液・・・。
そういえば、失踪する前に、藤田氏がそんなようなことを話していた気がする。
ある特殊な消毒液のある場所に行けば、”やつら”も寄ってこないとかなんとか・・・。
”やつら”というのが何なのかわからないけど、特殊な消毒液って、これのことじゃなかろうか・・・。
「わかりました」
乙都が有り難そうにスプレーを受け取り、豊かな胸に抱いた。
「つまり、感染予防ってわけですね。こうなったら、隅から隅までしっかり散布しておきます」
「まあな。強いて言うなら、悪夢からの感染を予防するってことになるだろうが・・・。レンゲの担当患者といい、どうも最近、この昼世界に対する汚染が目立つようだ」
「あれ、そういえば、レンゲちゃんは?」
乙都がキョロキョロ周囲を見回すと、カーテンの向こうから、蓮月のひそひそ声が漏れ聞こえてきた。
「ああん、そんなに強く吸っちゃダメ。隣に先生が来てんのよ。ばれたらどうすんの?」
やれやれ、というふうに両手を広げる泰良女医。
乙都が大きな瞳を伏せ、ぽっと目の下を赤らめた。
どうやら蓮月のやつ、先生を呼びに行ったついでに、いつのまにかまたコンドウサンの所に戻っていたらしい。
「それはそうと、少年」
女医が掛布団をめくって、僕のカテーテルを手に取り、ためつすがめつ眺め始めた。
「きょうも、もうすでに精通があったそうだが、その時は心臓の具合はどうだった?」
「え、えと」
今度は僕が赤くなる番だった。
「平気でした。きょうは乙都ひとりだったし、やり方が優しかったから・・・」
「そうか」
女医が、クールな視線を首から上を赤く染めてもじもじしている乙都に向けた。
「そういうことなら、今後のエキス採取係は乙都で決まりだな」
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