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#35 検査の結果②
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乙都がナースステーションに戻っていくと、僕はとたんに周囲が気になり出した。
といっても、ベッドから出られないので、できることは限られている。
とりあえず、周囲を観察してみる。
壁や天井は元の白い色に戻っていて、あの汚らしい染みはかけらも残っていない。
藤田氏のベッドの様子を見ようと、左側のカーテンを思い切ってめくってみた。
乱れたシーツと布団。
サイドテーブルに積まれた競馬新聞や実話もの週刊誌。
飲みかけのお茶のペットボトル。
なるほど、看護師たちの言葉通り、退院したというより、ふらっとトイレにでも行ったみたいな感じである。
ただ、そうすると、ベッドの上に無造作に置かれた布袋の存在が不自然だ。
あの中には、何本ものコードを生やした心電図計が入っている。
これは僕も身に着けているのだが、小さな布袋に入れられていて、ボーチみたいに首からかけるようになっている。
乙都の説明によると、どうやらこの装置からナースステーションに装着者の心電図が無線LANで送られるようになっているらしく、病棟にいる間は外すことは許されないのだ。
他の階にでも行かない限り、外すことはあり得ない。
それに、他の階に行くなら心電図を止めるためにナースステーションの了承が必要だから、看護師たちが藤田氏の行方を知らないはずがない。
まさか、脱走?
でも、一晩我慢すれば退院できるとわかっているのに、そんな馬鹿げたことをするものだろうか。
覗いていると、藤田氏のスペースに、さっきの看護師たちが戻ってきた。
あわててカーテンを引き、耳を澄まして様子をうかがうことにした。
「まったく、全部処分していいって、どういうことかしらね」
「今朝早く退院してったなんて、ほんとだと思う?」
「さあ、どうだか。ひょっとして、ゆうべのうちにコロっと逝っちゃったんじゃないの?」
そんな会話を交わしながら、藤田氏の荷物をどんどんビニール袋に放り込んでいるようだ。
僕は我が耳を疑った。
今朝早く、退院?
着換えも荷物を全部置いたまま?
そんなことがあるだろうか。
ゆうべのうちに死亡したのを、隠滅するため・・・?
言われてみれば、そのほうがありそうな気もする。
でも、昨日の夜、あのダークナースにコスプレした乙都が来た時には、すでに藤田氏はいなかった。
それともあのあたりから、もう僕は夢を見ていたのだろうか・・・。
機関銃のように、看護師たちがしゃべっている。
「だいたいさ、この藤田って人の担当、誰だったのさ?」
「さあ、きまった看護師はついてなかった気がするけど・・・。あたしらんとこに回ってきたのも、今朝になってからでしょ?」
ん? 待てよ?
ふたりの会話の内容には、違和感を覚えずにいられない。
だって、藤田氏の担当は、ユズハって名前の美人看護師ではなかったのか。
少なくとも、きのう、本人はそう僕に話してくれたのだ。
看護師たちの会話は終わりに近づいているようだった。
いっぱいになったゴミ袋が、いくつも通路に放り出される音がする。
「なのに『退院してたから世話はもういい』ってどういうこと? 指令系統、混乱してない?」
「どうせホウジョウ部長でしょ。こういう朝令暮改はさ」
「おえっ。あいつ来てんの?」
「らしいよ。なんだか、重要な患者が入院することになったから、その視察なんだって」
「重要な患者? まさかそこのコンドーサンじゃないよね」
どっとばかりに笑い声が起こる。
と、それに呼応するように、足元のカーテンの向こうから、グオーッと、凄まじいいびきが沸き起こった。
いつ、戻ってきたのだろう?
藤田氏はいなくなったが、どうも、あの”コンドウサン”は、健在らしかった。
といっても、ベッドから出られないので、できることは限られている。
とりあえず、周囲を観察してみる。
壁や天井は元の白い色に戻っていて、あの汚らしい染みはかけらも残っていない。
藤田氏のベッドの様子を見ようと、左側のカーテンを思い切ってめくってみた。
乱れたシーツと布団。
サイドテーブルに積まれた競馬新聞や実話もの週刊誌。
飲みかけのお茶のペットボトル。
なるほど、看護師たちの言葉通り、退院したというより、ふらっとトイレにでも行ったみたいな感じである。
ただ、そうすると、ベッドの上に無造作に置かれた布袋の存在が不自然だ。
あの中には、何本ものコードを生やした心電図計が入っている。
これは僕も身に着けているのだが、小さな布袋に入れられていて、ボーチみたいに首からかけるようになっている。
乙都の説明によると、どうやらこの装置からナースステーションに装着者の心電図が無線LANで送られるようになっているらしく、病棟にいる間は外すことは許されないのだ。
他の階にでも行かない限り、外すことはあり得ない。
それに、他の階に行くなら心電図を止めるためにナースステーションの了承が必要だから、看護師たちが藤田氏の行方を知らないはずがない。
まさか、脱走?
でも、一晩我慢すれば退院できるとわかっているのに、そんな馬鹿げたことをするものだろうか。
覗いていると、藤田氏のスペースに、さっきの看護師たちが戻ってきた。
あわててカーテンを引き、耳を澄まして様子をうかがうことにした。
「まったく、全部処分していいって、どういうことかしらね」
「今朝早く退院してったなんて、ほんとだと思う?」
「さあ、どうだか。ひょっとして、ゆうべのうちにコロっと逝っちゃったんじゃないの?」
そんな会話を交わしながら、藤田氏の荷物をどんどんビニール袋に放り込んでいるようだ。
僕は我が耳を疑った。
今朝早く、退院?
着換えも荷物を全部置いたまま?
そんなことがあるだろうか。
ゆうべのうちに死亡したのを、隠滅するため・・・?
言われてみれば、そのほうがありそうな気もする。
でも、昨日の夜、あのダークナースにコスプレした乙都が来た時には、すでに藤田氏はいなかった。
それともあのあたりから、もう僕は夢を見ていたのだろうか・・・。
機関銃のように、看護師たちがしゃべっている。
「だいたいさ、この藤田って人の担当、誰だったのさ?」
「さあ、きまった看護師はついてなかった気がするけど・・・。あたしらんとこに回ってきたのも、今朝になってからでしょ?」
ん? 待てよ?
ふたりの会話の内容には、違和感を覚えずにいられない。
だって、藤田氏の担当は、ユズハって名前の美人看護師ではなかったのか。
少なくとも、きのう、本人はそう僕に話してくれたのだ。
看護師たちの会話は終わりに近づいているようだった。
いっぱいになったゴミ袋が、いくつも通路に放り出される音がする。
「なのに『退院してたから世話はもういい』ってどういうこと? 指令系統、混乱してない?」
「どうせホウジョウ部長でしょ。こういう朝令暮改はさ」
「おえっ。あいつ来てんの?」
「らしいよ。なんだか、重要な患者が入院することになったから、その視察なんだって」
「重要な患者? まさかそこのコンドーサンじゃないよね」
どっとばかりに笑い声が起こる。
と、それに呼応するように、足元のカーテンの向こうから、グオーッと、凄まじいいびきが沸き起こった。
いつ、戻ってきたのだろう?
藤田氏はいなくなったが、どうも、あの”コンドウサン”は、健在らしかった。
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