異世界病棟

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
32 / 88

#31 夢の中の夢②

しおりを挟む
「いえ、別に・・・」
 僕は首を横に振った。
 いくらヘッドホンをつけていたとはいえ、外で流血騒ぎがあれば気がつきそうなものだ。
「部屋にはずっと?」
「深夜零時ごろに、一度近くのコンビニまで・・・。夜食の買い出しにと思って・・・」
「その時には、この血はありましたか?」
「いいえ、なかったと思います」
「それからずっと、部屋で動画鑑賞を?」
「ま、まあ、そんなようなものです」
「で、物音や気配には気づかなかったと?」
「は・・・はい」
「動画に夢中で、ヘッドホンで聞こえなかったと、そういう可能性もありそうですね」
 警官が意地悪そうな目つきで僕の顔をのぞきこむ。
 まるで、おまえの秘密、知ってるぞ、とでも言いたげに。
「な、ないことは、ないです」
 僕は首を縮めた。
 嫌な感じしか、しなかった。
「実はこの血だまりなんですが、一階にもありましてね。見ていただけますか?」
「え? ええ」
 階段で一階に降りた。
 U字形に回り込んだところが、1階ホールである。
 ドアを開けて、中に入る。
 格安マンションなので、セキュリティ・ロックなどなく、手で押せばすぐに開くのだ。
 むろん、管理人もいなくて、大家さんが月一度、掃除に来るぐらい。
 開いたドアの向こうから、生臭い臭気が流れてくる。
「あれです」
 警官に示されるまでもなかった。
 向かって右側、エレベーターの扉の前に、血だまりが拡がっている。
 大きさも形状も、2階にあったふたつとほぼ同じ。
「どういうことでしょう?」
 僕は困惑して、警官に質問した。
「ひどい怪我をした何者かが、ここからエレベーターで、2階に?」
 僕の部屋は二階に上がったすぐ左手の201号室。
 問題の隣人の部屋は、階段を上がった突き当り、正面の202号室。
 エレベーターは階段から見て向かって右側に位置している。 
 どの道、2階だからエレベーターを使うことはまずない。
 可能性として、ありそうなのは・・・。
 202号室の住人が負傷して帰宅し、階段を登る気力もなく、エレベーターを使ったと、そういうことだろうか。
「さあ、今の段階では、なんとも・・・。私たちは、いわばそれを調べているところでしてね」
 警官が警帽の上から頭を掻いた時だった。
「鍵、借りて来たわよ。大家から、202号室の鍵」
 月明かりを背景に、すらりとした人影が立った。
 体のラインを際立たせる、グレーのスーツを着込んだ若い女性だ。
 金色に近い茶髪。
 丸眼鏡が、すっと通った細い鼻梁の上に乗っかっていて、月光にきらりと光った。
 すっぴんみたいだけど、かなりの美人だ。
 女刑事なのだろうか。
 それにしては、刑事ドラマの主役級の貫禄で、スタイル抜群で、ずいぶんかっこいい。
 でも、この顔、どこかで見たような・・・。
「あ、タイラミズキ刑事、ご苦労様です」
 警官ふたりが、頬を紅潮させて直立不動になり、敬礼を返した。
 タイラ・・・ミズキ・・・?
 記憶の底で、何かがざわめいた。
「中を見ればわかるわ。これがオル・・・・・ドの痕跡かどうか」
 女刑事が、階段の上を見上げて言う。
 一部聴き取れなかったのは、ちょうどその時、すぐ前の車道を大型トラックが轟音を上げて走り去っていったからだった。
「じゃ、じゃあ、僕は、これで」
 軽く会釈して逃げ出そうとした瞬間、タイラミズキとかいう名の女刑事が僕の手首をつかんだ。
「待ちなさい。201号室のユイソウタね。あなたにも202号室の中、ぜひ見てもらいたいから」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

処理中です...