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#30 夢の中の夢①
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廊下の騒ぎはまだ続いている。
獣のような唸り声。
老婆の上げる悲鳴。
あちこちの病室で誰かが叫びたてているようで、騒がしいことこの上ない。
そこにバタバタと走り回る足音が混じり、時折何かがぶつかる金属音が響く。
遠く聞こえてくるのは乙都の怒鳴り声みたいな気がするけど、真偽のほどは確かではない。
というのも、睡眠薬の効果がぶり返してきたのか、いつのまにか喧騒が遠ざかり、僕はまた別の夢の中に入っていたからである。
インターホンが鳴った。
夜中の3時を過ぎていた。
さすがの僕も飛び上がらんくらいに驚いた。
カーテンを閉め切ったワンルームマンションの一室。
僕はデスクトップパソコンの前で胡坐をかいていた。
ヘッドホンを放り出し、上体をねじって玄関の扉のほうを見る。
こんな時間に誰だろう?
悪戯の現場を見つかった子どものように、心臓がバクバクした。
急いでモニター画面のスイッチを切り、ウェットパンツを引き上げて剥き出しだった下半身を隠す。
-あなたって子は、暇さえあれば、そんなことを・・・。ほんと、浅ましいったらありゃしない。
脳裏に去来する誰かの声。
-お願いだから、出て行って。あなたみたいなヘ…イ、もう、めん・・・みきれ・・・い・・・。
「夜分失礼します。警察です」
インターホンが荒々しいノックの音に変わった。
「ご近所から通報がありましたので、ひとつ確認させていただきたいのですが」
若い男の声だった。
話し方は丁寧だが、逆らうことを許さない威圧感のようなものがこもっている。
け、警察?
僕は尻に火がついたように立ち上がった。
な、なんで、こんな時間に、警察が?
心当たりはなかった。
ちらっとPCを一瞥する。
まさか、違法サイトの摘発?
でも、それにしても、いくらなんでも、早過ぎるんじゃあー?
「は、はい、今」
あわてて玄関口に立ち、内鍵を外して鉄扉を向こうに押して、ドアストッパーで止めた。
「…・・・署の者です」
制服姿の姿の警官がふたり立っていて、背の高い方が言った。
「な、なんですか? こんなに夜遅く?」
僕はどもりながらたずねた。
部屋の中を見られないよう、ふたりの正面に立つ。
「由井翔太さん、ですね? あなたこそ、まだ起きておられたんですか? こんな時間まで、何を?」
どきっとした。
顏がカッと熱くなるのがわかった。
バレてる?
一瞬思って、すぐに打ち消した。
ばかな、そんなこと、あるはずがない。
ちゃんとカーテンも閉めてるし、音漏れしないよう、ヘッドホンもつけていた。
「べ、別に…ユーチューブで、動画を・・・」
嘘ではない。
嘘をついてもどうせバレる。
だったらなるべく事実に近いことを話したほうがいい。
ただ、問題は、見ている動画の内容を追及された時である。
が、幸いなことに、警官の興味はそこにはないようだった。
「そうですか。実は、お隣のことで、ちょっとお聞きしたいのですが」
「となり、ですか?」
僕は首を傾げた。
隣人が誰なのか、さっぱり記憶にないのだ。
そもそも、誰か住んでいるのかどうかということさえ・・・。
「その前に、ちょっと見ていただけませんか? そのほうが、話が早い」
背の高い警官が言って、小太りの同僚とともに道を開けた。
「な、何を・・・です?」
部屋から出ろ、ということなのだろう。
そう解釈して、僕はサンダルをつっかけ、玄関口から外に出た。
「あれです」
警官が、隣の住居のドアのほうに顎をしゃくってみせた。
「わ」
僕は息を呑んだ。
隣の部屋のドアのまん前に、気味の悪い血だまりができている。
血だまりはふたつあって、もうひとつはエレベーターの扉の前だ。
「何か、聞きませんでしたか? 物音とか、言い争う声とか」
固く閉ざされたままの隣の部屋のドアを見つめながら、声を潜めるようにして長身のほうの警官が訊いてきた。
獣のような唸り声。
老婆の上げる悲鳴。
あちこちの病室で誰かが叫びたてているようで、騒がしいことこの上ない。
そこにバタバタと走り回る足音が混じり、時折何かがぶつかる金属音が響く。
遠く聞こえてくるのは乙都の怒鳴り声みたいな気がするけど、真偽のほどは確かではない。
というのも、睡眠薬の効果がぶり返してきたのか、いつのまにか喧騒が遠ざかり、僕はまた別の夢の中に入っていたからである。
インターホンが鳴った。
夜中の3時を過ぎていた。
さすがの僕も飛び上がらんくらいに驚いた。
カーテンを閉め切ったワンルームマンションの一室。
僕はデスクトップパソコンの前で胡坐をかいていた。
ヘッドホンを放り出し、上体をねじって玄関の扉のほうを見る。
こんな時間に誰だろう?
悪戯の現場を見つかった子どものように、心臓がバクバクした。
急いでモニター画面のスイッチを切り、ウェットパンツを引き上げて剥き出しだった下半身を隠す。
-あなたって子は、暇さえあれば、そんなことを・・・。ほんと、浅ましいったらありゃしない。
脳裏に去来する誰かの声。
-お願いだから、出て行って。あなたみたいなヘ…イ、もう、めん・・・みきれ・・・い・・・。
「夜分失礼します。警察です」
インターホンが荒々しいノックの音に変わった。
「ご近所から通報がありましたので、ひとつ確認させていただきたいのですが」
若い男の声だった。
話し方は丁寧だが、逆らうことを許さない威圧感のようなものがこもっている。
け、警察?
僕は尻に火がついたように立ち上がった。
な、なんで、こんな時間に、警察が?
心当たりはなかった。
ちらっとPCを一瞥する。
まさか、違法サイトの摘発?
でも、それにしても、いくらなんでも、早過ぎるんじゃあー?
「は、はい、今」
あわてて玄関口に立ち、内鍵を外して鉄扉を向こうに押して、ドアストッパーで止めた。
「…・・・署の者です」
制服姿の姿の警官がふたり立っていて、背の高い方が言った。
「な、なんですか? こんなに夜遅く?」
僕はどもりながらたずねた。
部屋の中を見られないよう、ふたりの正面に立つ。
「由井翔太さん、ですね? あなたこそ、まだ起きておられたんですか? こんな時間まで、何を?」
どきっとした。
顏がカッと熱くなるのがわかった。
バレてる?
一瞬思って、すぐに打ち消した。
ばかな、そんなこと、あるはずがない。
ちゃんとカーテンも閉めてるし、音漏れしないよう、ヘッドホンもつけていた。
「べ、別に…ユーチューブで、動画を・・・」
嘘ではない。
嘘をついてもどうせバレる。
だったらなるべく事実に近いことを話したほうがいい。
ただ、問題は、見ている動画の内容を追及された時である。
が、幸いなことに、警官の興味はそこにはないようだった。
「そうですか。実は、お隣のことで、ちょっとお聞きしたいのですが」
「となり、ですか?」
僕は首を傾げた。
隣人が誰なのか、さっぱり記憶にないのだ。
そもそも、誰か住んでいるのかどうかということさえ・・・。
「その前に、ちょっと見ていただけませんか? そのほうが、話が早い」
背の高い警官が言って、小太りの同僚とともに道を開けた。
「な、何を・・・です?」
部屋から出ろ、ということなのだろう。
そう解釈して、僕はサンダルをつっかけ、玄関口から外に出た。
「あれです」
警官が、隣の住居のドアのほうに顎をしゃくってみせた。
「わ」
僕は息を呑んだ。
隣の部屋のドアのまん前に、気味の悪い血だまりができている。
血だまりはふたつあって、もうひとつはエレベーターの扉の前だ。
「何か、聞きませんでしたか? 物音とか、言い争う声とか」
固く閉ざされたままの隣の部屋のドアを見つめながら、声を潜めるようにして長身のほうの警官が訊いてきた。
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