異世界病棟

戸影絵麻

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#25 夢、それとも…①

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 交代で乙都が居なくなると、寂しくなる。
 が、仕方なかった。
 看護師はただでさえ人手不足と聞く。
 職場があまりにブラックすぎて、見習いの段階で乙都や蓮月たちが辞めてしまうのは、もっと問題だ。
 鼻の下まで布団を引き上げる。
 心臓の鼓動はほとんど聞こえないほど弱いけど、一応規則正しく動いてはいるらしい。
 さざ波のように、睡魔がひたひたと押し寄せてきた。
 そして僕は、ほどなくして、とてつもなくいやな夢を見た・・・。

 でも、あれは本当に夢だったのだろうか。
 もしかしたら、僕がただ夢だと思い込もうとしているだけで、本当は、現実に起こったことなのかもしれない。
 -消灯です。テレビを消してくださいね。
 まず、看護師が病室を回ってそう声をかけ、部屋の電気を消していった。
 やがて僕らの病室の番がやって来て、部屋の中が暗くになった。
 が、廊下側のドアは開けたままらしく、外から差し込む明かりでカーテンの向こうは真っ暗ではない。
 夢うつつの状態で、その音を聞いたのは、消灯の指示があってしばらくしてのことだったように思う。
 廊下のほうから、奇怪な叫び声が響いてきた。
 -うお~ん、うお~ん。
 まるで、野犬が仲間を呼ぶ時のような、気味の悪い吠え声だった。
 声の主は、男のようだ。
 野太い、壮年の男性のものらしき声である。
 と、それに呼応するかのように、廊下のあちこちから、同じような声が上がり始めた。
 -うお~ん。
 -うお~ん。
 -あ~、あ~あ~あ~。
 僕は、闇の中で目を開けたように思う。
 しばらく天井を眺めていると、細部が見えてきた。
 そして気づいたのは、白かった天井が、何やらタールのような焦げ茶色の汚れに覆われていることだった。
 首を回して周囲を見ると、壁もそうだった。
 どろりとした汚らしい液体が全面に塗りたくられ、じわじわと垂れてきて白い部分を侵食していく。
 なんだろう?
 夢の中で、僕は思った。
 なにが起こってるんだ?
 暗い部屋の中、モニター画面だけが鮮やかに光って、闇の中に数値とグラフを浮かび上がらせている。
 その光が、異変の生じた天井と壁を照らしているのだ。
 気のせいか、室温がかなり上がっていた。
 暑くて布団をかぶっていられない。
 そう、まるで熱帯地方の野戦病院みたいに、空気がよどんでじめじめしているのだ…。
 思いきって、掛布団をはいで、顏を出した。
 と、その刹那、びっくりするほど近くで、異様な音がした。
 ずるっ。
 何か、湿った大きなものが、床を擦っている。
 音は、足元のカーテンの向こうから聞こえてくるようだ。
 そっちにあるのは、”コンドウサン”のベッドである。
 躰をずらして枕に背中を預け、少しだけ上体を起こした。
 その瞬間、僕は危うく叫び出しそうになった。
 カーテンに、巨大な影が映っている。
 頭部らしき部分が異常に大きく、形状からして、とても人間のものとは思えない。
 -うお~ん、うお~ん。
 -ああ、あああ、ああああ~。
 あたかも怪物を呼んでいるかのように、廊下からはあの気味悪い声たちが聞こえてくる。
「ミルク・・・」
 ひと声つぶやき、ずるっといやらしい音を立てて、ゆっくりと影が動き始めた。

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