異世界病棟

戸影絵麻

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#13 もうひとりの同室者②

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「おまえさん、新入りだろう?」
 声は年配の男性のもので、ささやきのように低く抑えたものだった。
「一時的な記憶喪失なんだってな。全部聞かせてもらったよ。なんせ、一般病棟なんて、看護師と患者の会話は周囲に筒抜けで、プライバシーなんてないも同然だ」
「あ、あなたは…?」
 僕はベッドに横になったまま、左側の気配に向かって問いかけた。
「俺は藤田重治って名の、60過ぎのおっさんだよ。自営で車の修理屋やってるんだが、無理が祟って大動脈解離とかいうのを起こしてね、ここに入って明日でもう二週間さ」
「は、はあ…」
 見知らぬおじさんに突然話しかけられて、そんな身の上話をされても、僕には返す言葉がない。
 なんといっても、こっちはたかだか高校一年生のガキにすぎないのだ。
 なのにどうしてこの人、僕なんかに話しかけてきたのだろう。
 よほど話好きなのか、退屈していたのかー。
 どっちにしても、僕としては、乙都たちとの会話をカーテン越しに盗み聞きされていたことが、ただ不快なだけだった。
 そんな僕の不機嫌な沈黙にも機嫌を損ねることなく、藤田と名乗った男はささやき声で話し続けた。
「ありがたいことに、俺は明日退院でね。そこで餞別代りと言っちゃあなんだが、新入りのおまえさんに、これからこの病棟で生きていくうえで大事なことを、色々教えといてやろうと思ってな。聞くところによると、おまえさん、まだ高校生なんだろ? その歳で、女を抱く前に死にたくもあるまいに」
 女を、抱く?
 何言ってるんだ、このおっさん。
 僕は耳まで赤くなった。
 第一、生きる死ぬだの、大げさすぎる。
 そりゃ、確かにこの病棟には、心臓疾患をはじめとする、循環器に障害を負った患者ばかりが収容されているのだろうけど…。
「まず第一に、夜になったら絶対病室を出るな。まあ、おまえさんはまだ、ここに来たばかりでベッドからさえ出られないだろうから、数日間は問題ないだろうが…。だが、歩行の許可が出ても、深夜の外出は厳禁だぞ。下手をすれば、ここに戻って来られないどころか、命はないと思え」
「命、がない?」
 僕はごくりと唾を呑み込んだ。
 何を言い出すかと思ったら…。
 この人、被害妄想か何かなのだろうか。
「それから、ふたつめ」
 男の声が、そこでさらに低くなった。
「そこの”近藤さん”には注意しろ。話しかけられても、絶対に応えるんじゃない。そのうち色々絡まれることになるだろうが、いいか、反応したら最後、おまえさんは死ぬことになる」

 

 

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