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第8部 妄執のハーデス
#131 人形少女⑤
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ーあたしの目的は、名実ともに、最強のタナトスをつくりだすことー
刃物のように鋭い思念が、杏里の脳裏に突き刺さった。
-外来種をも”浄化”してしまう、史上最強のタナトスをね。杏里、おまえはその第一の候補なのだよー
「外来種を、浄化する…?」
杏里は目をしばたたいた。
果たして、そんなことが可能なのだろうか。
対外来種戦において、これまで杏里に与えられていた役割は、外来種を発見し、できるだけこの身を犠牲にして相手を足止めして、駆除担当のパトスが現れるまで耐え抜くこと。
確か、それだけだったはずである。
だから、その場で外来種を自ら浄化してしまおうなどとは、一度も考えたこともない。
ーいずれ、トレーナーからも説明があるだろうから、ここでは細かいことは割愛させてもらう。とにかく、今言えるのは、我々の外来種殲滅計画が風雲急を告げているということさ。やつらは人間の目を盗んで、どんどん数を増やしつつある。それは、欧米だけでなく、この日本でも同様だ。組織的な動きすらあるという報告すら受けている。つまり、今までの戦法では、とても追っつかなくなってきているというわけだ。だから、あたしは考えた。それなら、第一発見者になることが多いタナトスを強化して、見つけ次第、やつらを無効化できるようにすればいい。その後、殺すか生け捕りにするかは、状況次第。まずは相手を腑抜け状態に落とし込み、動けなくしてしまう。二度と性衝動が起こらぬくらい、徹底的にね。それには、これまでにない高レベルのタナトスが必要になる。それが、あたしの達した結論なんだー
ジェニーが奔流のような思念を送ってきた。
これまでの断片的なものと違い、重層構造になった複雑な思念だった。
”言葉”の裏に、さまざまなシーンが垣間見えた。
外来種によって、無残に殺されていくタナトスたち。
パトスが来るまで持ちこたえられないのだ。
杏里はいつか、重人に聞いた話を思い出した。
重人が最初に担当したタナトスの少女も、外来種に脳を喰われて絶命したのだという。
もしかしたら、と思う。
いつのまにか、狩るものと狩られるものの立場が逆転してしまったのかもしれない。
杏里がタナトスとしてこの世に再生した半年前に比べ、現在の”世界情勢”は、はるかに悪化しているということなのだろうか。
返す言葉を見つけられないでいると、ジェニーが思念のトーンを微妙に落として、また話し始めた。
-そこであたしは、おまえに目をつけた。稼働後、まだ日が浅いにもかかわらず、いくつもの学校を浄化し、しかも外来種と何度も遭遇しながらも、殺されることなく生き延びてきたおまえに。あの零とまみえるのも、今回で4度目になるんだろう? そのたびにあの怪物を退けてきたおまえたちの働きは、大したものだよー
「でも、それは、由羅がいてくれたから…。私ひとりでは、とても無理だった。だから、それを言うなら、まず由羅の命を助けてあげて」
ようやく反論の糸口をつかみ、杏里はそう言い返した。
私のことなど、どうでもいい。
今、優先すべきなのは、由羅を救うこと。
これまでずっと、零から私を守り続けてくれたのは、由羅なのだから。
-これからは、由羅の助けなしで、おまえひとりで奴らに立ち向かうのさ。今回のトーナメント戦で、おまえは色々なことを学んだはずだ。まず、タナトスは、徹頭徹尾、受け身でないといけないということ。そして、どんな苦痛も、快楽として捉えるべきだということ…。それを身に染みて学習したおまえは、果ては肉体改造にも成功して、元の機能をも取り戻した。その肉体があれば、外来種の直接浄化くらい造作もないとあたしは思う。なんせ、今のおまえの治癒力は驚異的だ。どうやら、細胞内に取り込んだ美里の形質が、極限状態に追い込まれることで、そのリミッターを解除してしまったらしい。あの触手にしても、同じことさ。美里の触手はいったん体外に出ると、敵を快楽の極みに落とし込むべく自ら能力を強化する。おまえはその強化された触手の機能を再び細胞内に取り込むことで、無限の快楽変換装置を手に入れた。あと、足りないものがあるとすれば、まあ、情動の面での強化ぐらいのものだろうね」
由羅に頼るな。
そのひと言が引っかかった。
ジェニーはまるで、もう由羅など存在しないかのような言い方をした。
手遅れだと知っているからなのだろうか。
それとも、由羅はもう死んでしまったのか…。
こみ上げる悲しみに、涙があふれてきた。
そんな杏里を大きなひとつ目で観察しながら、ジェニーが言った。
-残る弱さはそこだよ。おまえは情動の切り替えが下手なんだ。それでは即座に外来種に対応できないだろう?
そこで、これから、最後の仕上げにかかろうと思う。杏里、おまえをわざわざここに呼んだのは、退屈で長い話を聞かせるためじゃない。最強のタナトスに進化する総仕上げとして、ある儀式を体験してほしいのさー
「儀式?」
指先で涙をぬぐい、顔を上げる杏里。
-ふふ。悪い体験じゃないと思うよ。むしろおまえが、夢にまで見たものじゃないかなー
サイコジェニーが笑ったようだった。
そして・
その笑い声が消えたとたん、ほとんど間を置かず、だしぬけに周囲の風景が一変した。
刃物のように鋭い思念が、杏里の脳裏に突き刺さった。
-外来種をも”浄化”してしまう、史上最強のタナトスをね。杏里、おまえはその第一の候補なのだよー
「外来種を、浄化する…?」
杏里は目をしばたたいた。
果たして、そんなことが可能なのだろうか。
対外来種戦において、これまで杏里に与えられていた役割は、外来種を発見し、できるだけこの身を犠牲にして相手を足止めして、駆除担当のパトスが現れるまで耐え抜くこと。
確か、それだけだったはずである。
だから、その場で外来種を自ら浄化してしまおうなどとは、一度も考えたこともない。
ーいずれ、トレーナーからも説明があるだろうから、ここでは細かいことは割愛させてもらう。とにかく、今言えるのは、我々の外来種殲滅計画が風雲急を告げているということさ。やつらは人間の目を盗んで、どんどん数を増やしつつある。それは、欧米だけでなく、この日本でも同様だ。組織的な動きすらあるという報告すら受けている。つまり、今までの戦法では、とても追っつかなくなってきているというわけだ。だから、あたしは考えた。それなら、第一発見者になることが多いタナトスを強化して、見つけ次第、やつらを無効化できるようにすればいい。その後、殺すか生け捕りにするかは、状況次第。まずは相手を腑抜け状態に落とし込み、動けなくしてしまう。二度と性衝動が起こらぬくらい、徹底的にね。それには、これまでにない高レベルのタナトスが必要になる。それが、あたしの達した結論なんだー
ジェニーが奔流のような思念を送ってきた。
これまでの断片的なものと違い、重層構造になった複雑な思念だった。
”言葉”の裏に、さまざまなシーンが垣間見えた。
外来種によって、無残に殺されていくタナトスたち。
パトスが来るまで持ちこたえられないのだ。
杏里はいつか、重人に聞いた話を思い出した。
重人が最初に担当したタナトスの少女も、外来種に脳を喰われて絶命したのだという。
もしかしたら、と思う。
いつのまにか、狩るものと狩られるものの立場が逆転してしまったのかもしれない。
杏里がタナトスとしてこの世に再生した半年前に比べ、現在の”世界情勢”は、はるかに悪化しているということなのだろうか。
返す言葉を見つけられないでいると、ジェニーが思念のトーンを微妙に落として、また話し始めた。
-そこであたしは、おまえに目をつけた。稼働後、まだ日が浅いにもかかわらず、いくつもの学校を浄化し、しかも外来種と何度も遭遇しながらも、殺されることなく生き延びてきたおまえに。あの零とまみえるのも、今回で4度目になるんだろう? そのたびにあの怪物を退けてきたおまえたちの働きは、大したものだよー
「でも、それは、由羅がいてくれたから…。私ひとりでは、とても無理だった。だから、それを言うなら、まず由羅の命を助けてあげて」
ようやく反論の糸口をつかみ、杏里はそう言い返した。
私のことなど、どうでもいい。
今、優先すべきなのは、由羅を救うこと。
これまでずっと、零から私を守り続けてくれたのは、由羅なのだから。
-これからは、由羅の助けなしで、おまえひとりで奴らに立ち向かうのさ。今回のトーナメント戦で、おまえは色々なことを学んだはずだ。まず、タナトスは、徹頭徹尾、受け身でないといけないということ。そして、どんな苦痛も、快楽として捉えるべきだということ…。それを身に染みて学習したおまえは、果ては肉体改造にも成功して、元の機能をも取り戻した。その肉体があれば、外来種の直接浄化くらい造作もないとあたしは思う。なんせ、今のおまえの治癒力は驚異的だ。どうやら、細胞内に取り込んだ美里の形質が、極限状態に追い込まれることで、そのリミッターを解除してしまったらしい。あの触手にしても、同じことさ。美里の触手はいったん体外に出ると、敵を快楽の極みに落とし込むべく自ら能力を強化する。おまえはその強化された触手の機能を再び細胞内に取り込むことで、無限の快楽変換装置を手に入れた。あと、足りないものがあるとすれば、まあ、情動の面での強化ぐらいのものだろうね」
由羅に頼るな。
そのひと言が引っかかった。
ジェニーはまるで、もう由羅など存在しないかのような言い方をした。
手遅れだと知っているからなのだろうか。
それとも、由羅はもう死んでしまったのか…。
こみ上げる悲しみに、涙があふれてきた。
そんな杏里を大きなひとつ目で観察しながら、ジェニーが言った。
-残る弱さはそこだよ。おまえは情動の切り替えが下手なんだ。それでは即座に外来種に対応できないだろう?
そこで、これから、最後の仕上げにかかろうと思う。杏里、おまえをわざわざここに呼んだのは、退屈で長い話を聞かせるためじゃない。最強のタナトスに進化する総仕上げとして、ある儀式を体験してほしいのさー
「儀式?」
指先で涙をぬぐい、顔を上げる杏里。
-ふふ。悪い体験じゃないと思うよ。むしろおまえが、夢にまで見たものじゃないかなー
サイコジェニーが笑ったようだった。
そして・
その笑い声が消えたとたん、ほとんど間を置かず、だしぬけに周囲の風景が一変した。
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