282 / 288
第8部 妄執のハーデス
#131 人形少女⑤
しおりを挟む
ーあたしの目的は、名実ともに、最強のタナトスをつくりだすことー
刃物のように鋭い思念が、杏里の脳裏に突き刺さった。
-外来種をも”浄化”してしまう、史上最強のタナトスをね。杏里、おまえはその第一の候補なのだよー
「外来種を、浄化する…?」
杏里は目をしばたたいた。
果たして、そんなことが可能なのだろうか。
対外来種戦において、これまで杏里に与えられていた役割は、外来種を発見し、できるだけこの身を犠牲にして相手を足止めして、駆除担当のパトスが現れるまで耐え抜くこと。
確か、それだけだったはずである。
だから、その場で外来種を自ら浄化してしまおうなどとは、一度も考えたこともない。
ーいずれ、トレーナーからも説明があるだろうから、ここでは細かいことは割愛させてもらう。とにかく、今言えるのは、我々の外来種殲滅計画が風雲急を告げているということさ。やつらは人間の目を盗んで、どんどん数を増やしつつある。それは、欧米だけでなく、この日本でも同様だ。組織的な動きすらあるという報告すら受けている。つまり、今までの戦法では、とても追っつかなくなってきているというわけだ。だから、あたしは考えた。それなら、第一発見者になることが多いタナトスを強化して、見つけ次第、やつらを無効化できるようにすればいい。その後、殺すか生け捕りにするかは、状況次第。まずは相手を腑抜け状態に落とし込み、動けなくしてしまう。二度と性衝動が起こらぬくらい、徹底的にね。それには、これまでにない高レベルのタナトスが必要になる。それが、あたしの達した結論なんだー
ジェニーが奔流のような思念を送ってきた。
これまでの断片的なものと違い、重層構造になった複雑な思念だった。
”言葉”の裏に、さまざまなシーンが垣間見えた。
外来種によって、無残に殺されていくタナトスたち。
パトスが来るまで持ちこたえられないのだ。
杏里はいつか、重人に聞いた話を思い出した。
重人が最初に担当したタナトスの少女も、外来種に脳を喰われて絶命したのだという。
もしかしたら、と思う。
いつのまにか、狩るものと狩られるものの立場が逆転してしまったのかもしれない。
杏里がタナトスとしてこの世に再生した半年前に比べ、現在の”世界情勢”は、はるかに悪化しているということなのだろうか。
返す言葉を見つけられないでいると、ジェニーが思念のトーンを微妙に落として、また話し始めた。
-そこであたしは、おまえに目をつけた。稼働後、まだ日が浅いにもかかわらず、いくつもの学校を浄化し、しかも外来種と何度も遭遇しながらも、殺されることなく生き延びてきたおまえに。あの零とまみえるのも、今回で4度目になるんだろう? そのたびにあの怪物を退けてきたおまえたちの働きは、大したものだよー
「でも、それは、由羅がいてくれたから…。私ひとりでは、とても無理だった。だから、それを言うなら、まず由羅の命を助けてあげて」
ようやく反論の糸口をつかみ、杏里はそう言い返した。
私のことなど、どうでもいい。
今、優先すべきなのは、由羅を救うこと。
これまでずっと、零から私を守り続けてくれたのは、由羅なのだから。
-これからは、由羅の助けなしで、おまえひとりで奴らに立ち向かうのさ。今回のトーナメント戦で、おまえは色々なことを学んだはずだ。まず、タナトスは、徹頭徹尾、受け身でないといけないということ。そして、どんな苦痛も、快楽として捉えるべきだということ…。それを身に染みて学習したおまえは、果ては肉体改造にも成功して、元の機能をも取り戻した。その肉体があれば、外来種の直接浄化くらい造作もないとあたしは思う。なんせ、今のおまえの治癒力は驚異的だ。どうやら、細胞内に取り込んだ美里の形質が、極限状態に追い込まれることで、そのリミッターを解除してしまったらしい。あの触手にしても、同じことさ。美里の触手はいったん体外に出ると、敵を快楽の極みに落とし込むべく自ら能力を強化する。おまえはその強化された触手の機能を再び細胞内に取り込むことで、無限の快楽変換装置を手に入れた。あと、足りないものがあるとすれば、まあ、情動の面での強化ぐらいのものだろうね」
由羅に頼るな。
そのひと言が引っかかった。
ジェニーはまるで、もう由羅など存在しないかのような言い方をした。
手遅れだと知っているからなのだろうか。
それとも、由羅はもう死んでしまったのか…。
こみ上げる悲しみに、涙があふれてきた。
そんな杏里を大きなひとつ目で観察しながら、ジェニーが言った。
-残る弱さはそこだよ。おまえは情動の切り替えが下手なんだ。それでは即座に外来種に対応できないだろう?
そこで、これから、最後の仕上げにかかろうと思う。杏里、おまえをわざわざここに呼んだのは、退屈で長い話を聞かせるためじゃない。最強のタナトスに進化する総仕上げとして、ある儀式を体験してほしいのさー
「儀式?」
指先で涙をぬぐい、顔を上げる杏里。
-ふふ。悪い体験じゃないと思うよ。むしろおまえが、夢にまで見たものじゃないかなー
サイコジェニーが笑ったようだった。
そして・
その笑い声が消えたとたん、ほとんど間を置かず、だしぬけに周囲の風景が一変した。
刃物のように鋭い思念が、杏里の脳裏に突き刺さった。
-外来種をも”浄化”してしまう、史上最強のタナトスをね。杏里、おまえはその第一の候補なのだよー
「外来種を、浄化する…?」
杏里は目をしばたたいた。
果たして、そんなことが可能なのだろうか。
対外来種戦において、これまで杏里に与えられていた役割は、外来種を発見し、できるだけこの身を犠牲にして相手を足止めして、駆除担当のパトスが現れるまで耐え抜くこと。
確か、それだけだったはずである。
だから、その場で外来種を自ら浄化してしまおうなどとは、一度も考えたこともない。
ーいずれ、トレーナーからも説明があるだろうから、ここでは細かいことは割愛させてもらう。とにかく、今言えるのは、我々の外来種殲滅計画が風雲急を告げているということさ。やつらは人間の目を盗んで、どんどん数を増やしつつある。それは、欧米だけでなく、この日本でも同様だ。組織的な動きすらあるという報告すら受けている。つまり、今までの戦法では、とても追っつかなくなってきているというわけだ。だから、あたしは考えた。それなら、第一発見者になることが多いタナトスを強化して、見つけ次第、やつらを無効化できるようにすればいい。その後、殺すか生け捕りにするかは、状況次第。まずは相手を腑抜け状態に落とし込み、動けなくしてしまう。二度と性衝動が起こらぬくらい、徹底的にね。それには、これまでにない高レベルのタナトスが必要になる。それが、あたしの達した結論なんだー
ジェニーが奔流のような思念を送ってきた。
これまでの断片的なものと違い、重層構造になった複雑な思念だった。
”言葉”の裏に、さまざまなシーンが垣間見えた。
外来種によって、無残に殺されていくタナトスたち。
パトスが来るまで持ちこたえられないのだ。
杏里はいつか、重人に聞いた話を思い出した。
重人が最初に担当したタナトスの少女も、外来種に脳を喰われて絶命したのだという。
もしかしたら、と思う。
いつのまにか、狩るものと狩られるものの立場が逆転してしまったのかもしれない。
杏里がタナトスとしてこの世に再生した半年前に比べ、現在の”世界情勢”は、はるかに悪化しているということなのだろうか。
返す言葉を見つけられないでいると、ジェニーが思念のトーンを微妙に落として、また話し始めた。
-そこであたしは、おまえに目をつけた。稼働後、まだ日が浅いにもかかわらず、いくつもの学校を浄化し、しかも外来種と何度も遭遇しながらも、殺されることなく生き延びてきたおまえに。あの零とまみえるのも、今回で4度目になるんだろう? そのたびにあの怪物を退けてきたおまえたちの働きは、大したものだよー
「でも、それは、由羅がいてくれたから…。私ひとりでは、とても無理だった。だから、それを言うなら、まず由羅の命を助けてあげて」
ようやく反論の糸口をつかみ、杏里はそう言い返した。
私のことなど、どうでもいい。
今、優先すべきなのは、由羅を救うこと。
これまでずっと、零から私を守り続けてくれたのは、由羅なのだから。
-これからは、由羅の助けなしで、おまえひとりで奴らに立ち向かうのさ。今回のトーナメント戦で、おまえは色々なことを学んだはずだ。まず、タナトスは、徹頭徹尾、受け身でないといけないということ。そして、どんな苦痛も、快楽として捉えるべきだということ…。それを身に染みて学習したおまえは、果ては肉体改造にも成功して、元の機能をも取り戻した。その肉体があれば、外来種の直接浄化くらい造作もないとあたしは思う。なんせ、今のおまえの治癒力は驚異的だ。どうやら、細胞内に取り込んだ美里の形質が、極限状態に追い込まれることで、そのリミッターを解除してしまったらしい。あの触手にしても、同じことさ。美里の触手はいったん体外に出ると、敵を快楽の極みに落とし込むべく自ら能力を強化する。おまえはその強化された触手の機能を再び細胞内に取り込むことで、無限の快楽変換装置を手に入れた。あと、足りないものがあるとすれば、まあ、情動の面での強化ぐらいのものだろうね」
由羅に頼るな。
そのひと言が引っかかった。
ジェニーはまるで、もう由羅など存在しないかのような言い方をした。
手遅れだと知っているからなのだろうか。
それとも、由羅はもう死んでしまったのか…。
こみ上げる悲しみに、涙があふれてきた。
そんな杏里を大きなひとつ目で観察しながら、ジェニーが言った。
-残る弱さはそこだよ。おまえは情動の切り替えが下手なんだ。それでは即座に外来種に対応できないだろう?
そこで、これから、最後の仕上げにかかろうと思う。杏里、おまえをわざわざここに呼んだのは、退屈で長い話を聞かせるためじゃない。最強のタナトスに進化する総仕上げとして、ある儀式を体験してほしいのさー
「儀式?」
指先で涙をぬぐい、顔を上げる杏里。
-ふふ。悪い体験じゃないと思うよ。むしろおまえが、夢にまで見たものじゃないかなー
サイコジェニーが笑ったようだった。
そして・
その笑い声が消えたとたん、ほとんど間を置かず、だしぬけに周囲の風景が一変した。
0
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?


女子切腹同好会
しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。
はたして、彼女の行き着く先は・・・。
この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。
また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。
マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。
世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。
終焉の教室
シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。
そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。
提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。
最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。
しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。
そして、一人目の犠牲者が決まった――。
果たして、このデスゲームの真の目的は?
誰が裏切り者で、誰が生き残るのか?
友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』
コバひろ
大衆娯楽
前作 “雌蛇の罠『異性異種格闘技戦』男と女、宿命のシュートマッチ”
(全20話)の続編。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/329235482/129667563/episode/6150211
男子キックボクサーを倒したNOZOMIのその後は?
そんな女子格闘家NOZOMIに敗れ命まで落とした父の仇を討つべく、兄と娘の青春、家族愛。
格闘技を通して、ジェンダーフリー、ジェンダーレスとは?を描きたいと思います。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる