激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【官能編】

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
244 / 288
第8部 妄執のハーデス

#93 最終決戦②

しおりを挟む
 エントランスに新しいシャッターの下りた1階は薄暗く、永遠に夜が続いているかのようだ。
 ロビーを横切って、レストランに入る。
 右手の壁の掲示板の前に立つと、トーナメント表の赤い線は、3段目まで伸びていた。
 CとEの組から1本。
 HとXの組から、もう1本。
 決勝は、いうまでもなく、杏里たちチームCとXとの対戦を表している。
「ここを勝ち抜けば、自由が手に入るんだ」
 左手首のリストバンドをさすりながら、由羅が言った。
「そしたら帰って、好きなだけ杏里を抱けるよな」
「もう、そんな気もないくせに」
 肘で由羅の腕をつついたものの、そう言われて杏里は少しうれしくなった。
「いらっしゃいませ」
 客が少ないので、食堂の係員もふたりだけである。
 そのうちのひとりが、愛想よく声をかけてきた。
 その声に何げなくテーブルのほうを振り向いた杏里は、そこで思わず小さく叫んでいた。
「重人…」
   杏里の胸の奥に、温かいものが広がった。
 気が滅入るほど寒々しく、殺風景な食堂。
 そこに、思いもかけず、仲間がいてくれたのだ。
 隅のテーブルでスープをすすっているのは、ボブカットの小柄な少年だった。
「あ、ほんとだ。あそこにいるの、重人じゃないか」
 目を細め、少年を見て、呆れたように由羅が言った。
 少年が顔を上げた。
 寝起きのような、なんだかひどく眠そうな表情をしている。
 が、その大きすぎる黒縁眼鏡の少年は、確かにヒュプノスの栗栖重人だった。
「メンテ、終わったの?」
 重人の前にトレイを置くと、杏里はたずねた。
 取ってきたのは、クロワッサンとミルクだけ。
 今朝もあまり食欲が湧かないのだ。
「…うん」
 重人がうなずいた。
 コーンスープをスプーンでちびちび口に運びながら、なぜだか心ここにあらずといった雰囲気だ。
 そこに、大皿にカレーライスを山盛りにした由羅がやってきた。
 由羅は2着目の革の上下を着ていて、メイクも髪の手入れも済ませている。
 来た時と変わらぬその凛々しい姿が、それだけで今の杏里には頼もしく見える。
「なんかすげえぼーっとしてるけど、ロボトミー手術でも受けさせられたのか?」
「さすがに開頭はされてないけど、でもまあ、そんなようなものかな」
 元気なく、重人がため息をついた。
「頭の中をサイコジェニーにいじり回された。間に壁があったから姿は見えなかったけど、あれは彼女だと思う」
「弄り回された? 具体的には、どういうことなんだ?」
「僕らのこと、全部バレてると思う。沼人形工房のこと、堤英吾の屋敷で零を倒したこと、ヤチカさんが外来種だってこと、それから美里先生の一件…。委員会に隠れてやったこと、すべてがさ」
「そんな…」
 杏里は息を呑んだ。
 零のことが明るみに出れば堤英吾の立場が危うくなるし、何より心配なのはヤチカの身の上だ。
 外来種とわかれば、委員会が放っておくはずがない。
 刺客が差し向けられる可能性が、十分あるということだ。
「勝ち残って、絶対帰らないと」
 杏里は由羅の二の腕をつかんだ。
「このままじゃ、ヤチカさんが危ない。委員会に殺されちゃうよ」
「わかってるって」
 由羅が杏里の頭に手を置き、くしゃっとかき混ぜた。
 ヤチカの名が出たのに、特に嫉妬しているふうもない。
「うちらはこれから決勝戦だ。重人、おまえもメンテが済んだなら、遠隔でうちらのサポートを頼む。何が起こるかわからないから、特に杏里を見ててくれないか? 重人の助けがあれば、もしかして…」
 重人のほうに上体を乗り出し、由羅が言った。
 その言葉から、由羅も私と同じなんだ、と杏里は悟った。
 次の”試合”、負ける可能性が高いと踏んでいるのだ。
 なぜなら…。
「いいけど」
 重人が、曖昧にうなずいた。
「でも、あんまり期待しないで。僕、今、絶不調でさ、実のところ、テレパシーがちゃんと使えるかどうかも、よくわかんないんだよね」










しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

いつもと違う日常

k33
ホラー
ある日 高校生のハイトはごく普通の日常をおくっていたが...学校に行く途中 空を眺めていた そしたら バルーンが空に飛んでいた...そして 学校につくと...窓にもバルーンが.....そして 恐怖のゲームが始まろうとしている...果たして ハイトは..この数々の恐怖のゲームを クリアできるのか!? そして 無事 ゲームクリアできるのか...そして 現実世界に戻れるのか..恐怖のデスゲーム..開幕!

終焉の教室

シロタカズキ
ホラー
30人の高校生が突如として閉じ込められた教室。 そこに響く無機質なアナウンス――「生き残りをかけたデスゲームを開始します」。 提示された“課題”をクリアしなければ、容赦なく“退場”となる。 最初の課題は「クラスメイトの中から裏切り者を見つけ出せ」。 しかし、誰もが疑心暗鬼に陥る中、タイムリミットが突如として加速。 そして、一人目の犠牲者が決まった――。 果たして、このデスゲームの真の目的は? 誰が裏切り者で、誰が生き残るのか? 友情と疑念、策略と裏切りが交錯する極限の心理戦が今、幕を開ける。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

女子切腹同好会

しんいち
ホラー
どこにでもいるような平凡な女の子である新瀬有香は、学校説明会で出会った超絶美人生徒会長に憧れて私立の女子高に入学した。そこで彼女を待っていたのは、オゾマシイ運命。彼女も決して正常とは言えない思考に染まってゆき、流されていってしまう…。 はたして、彼女の行き着く先は・・・。 この話は、切腹場面等、流血を含む残酷シーンがあります。御注意ください。 また・・・。登場人物は、だれもかれも皆、イカレテいます。イカレタ者どものイカレタ話です。決して、マネしてはいけません。 マネしてはいけないのですが……。案外、あなたの近くにも、似たような話があるのかも。 世の中には、知らなくて良いコト…知ってはいけないコト…が、存在するのですよ。

オカルト嫌いJKと言霊使いの先輩書店員

眼鏡猫
ホラー
書店でアルバイトをする女子高生、如月弥生(きさらぎやよい)は大のオカルト嫌い。そんな彼女と同じ職場で働く大学生、琴乃葉紬玖(ことのはつぐむ)は自称霊感体質だそうで、弥生が発する言霊により悪いモノに覆われていると言う。一笑に付す弥生だったが、実は彼女には誰にも言えないトラウマを抱えていた。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...