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第8部 妄執のハーデス
#64 1回戦①
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地上と地下をつなぐエスカレーター。
地下2階を素通りして、地下3階まで降りると、そこはただ突き当りまで延々と続く通路だった。
壁はなぜかステンレススチールに覆われていて、通路の左右には窓もドアもない。
そののっぺりした壁面に、杏里と由羅の姿が映っている。
由羅は素肌の上に黒革のベストを着こみ、マイクロミニ丈の革スカートを穿いている。
腕にはロンググローブ、脚にはロングブーツを装着し、一応革ジャンを羽織ってはいるが、とても戦いに赴く姿には見えない。
杏里ときたら尚更で、白のタンクトップにシースルーのタイトミニという、極めて露出度の高いスタイルだ。
しかも、タナトスとしての機能を最大限引き出すために、ブラジャーすらしていない。
だから、下着と言えば、スカートの生地を透かして見える、極小のショーツ一枚きりである。
「マコトには気をつけてね。由羅も気づいてるでしょ? あの右手。コートから一度も出していないんだよ」
由羅にすがりつくようにして、磨き上げられたリノリウムの床を歩きながら、杏里は言った。
「きっと、ナイフかピストルを隠し持ってると思うの。あの北条って人も、武器の持ち込み禁止とか、ひと言も言ってなかったし」
「まあ、なんでもありってことなんだろうな」
由羅が大して気に留めたふうもない。
ついさっきまでは、ひどく思いつめた目の色をしていたが、戦いを前にして、今はすっかり気分を切り替えているようだ。
「マコトは雑魚だよ。それよりうちは、ユウのほうが気になるな」
「ユウって、あのタナトスの男の子?」
意外な言葉に、杏里は目を見張った。
ユウは見るからに非力そうな少年である。
ある意味、同じ背格好でも、口の達者な重人より、ずっと御しやすそうだ。
「そうさ。だって考えてもみろ。男のタナトスなんて、想像できるかよ? パトスには、柚木やマコトみたいに男がいても、その役割上、そんなに不思議じゃない。でも、相手の性欲や情動を引き出すタナトスは、ふつう女のはずだろう? 杏里、おまえみたいに、見る者の嗜虐心をくすぐる、極めつけに受け身の女こそ、タナトスの理想なんだ。まあ、確かにホモセクシャルな相手に対しては、おまえよりユウのほうが有効ということはあるかもしれない。けど、相手がそうである確率は、かなり低いといっていいと思う」
「あの子にも、何か秘密があるってこと?」
「その可能性は、捨てきれないということさ。あの小さな体で、ユウがヤッコみたいな念動力者ってことも、十分あり得るだろう?」
「それは、そうだけど…」
ふたりが通路のつきあたり、体育館の扉の前に立ったのは、午後7時5分前きっかりだった。
扉は半開きになっていて、中に一歩足を踏み入れると、ぎらつく照明が眼を焼いた。
目の前に開けたのは、中学校の体育館そっくりの空間である。
違うのは、バスケットボールのゴールポストがないことくらいだ。
磨き上げられた木の床。
ずっと先の正面は、ステージになっている。
その中央あたりに、ふたつの人影があった。
コートを着込んだ長身の男と、白いTシャツにジャージのズボンを穿いた小柄な少年。
マコトとユウだった。
「おせっえな。待ちくたびれたぜ」
コートの懐に右手を突っ込んだまま、マコトが声をかけてきた。
「時間ぴったりだろ?」
由羅が言った。
「おまえの間抜け面を見る時間をさ、できるだけ短くしたかったんだ」
「なんだとお?」
マコトが血相を変えた時である。
正面のステージが、明るくなった。
緞帳が上がり、その向こうに姿を現したのは、軍服姿の北条だ。
「そろったな。では、ルールを説明する」
マイクを使わず、北条がよく通る声で話し始めた。
「時間は無制限。どんな手を使ってもよろしい。もちろん、自前の武器の使用も可だ。勝利の条件は、相手をふたりとも殺すこと。パトスだけではない。一般に、不死と言われているタナトスのほうもも殺さねばならない。と、まあ、ルールと言えるのはそんなところだが、何か質問はあるか?」
「けっ、それのどこがルールなんだよ」
マコトが嘲笑った。
「そんなの、ルール無用の、ただのデスマッチじゃねーか」
地下2階を素通りして、地下3階まで降りると、そこはただ突き当りまで延々と続く通路だった。
壁はなぜかステンレススチールに覆われていて、通路の左右には窓もドアもない。
そののっぺりした壁面に、杏里と由羅の姿が映っている。
由羅は素肌の上に黒革のベストを着こみ、マイクロミニ丈の革スカートを穿いている。
腕にはロンググローブ、脚にはロングブーツを装着し、一応革ジャンを羽織ってはいるが、とても戦いに赴く姿には見えない。
杏里ときたら尚更で、白のタンクトップにシースルーのタイトミニという、極めて露出度の高いスタイルだ。
しかも、タナトスとしての機能を最大限引き出すために、ブラジャーすらしていない。
だから、下着と言えば、スカートの生地を透かして見える、極小のショーツ一枚きりである。
「マコトには気をつけてね。由羅も気づいてるでしょ? あの右手。コートから一度も出していないんだよ」
由羅にすがりつくようにして、磨き上げられたリノリウムの床を歩きながら、杏里は言った。
「きっと、ナイフかピストルを隠し持ってると思うの。あの北条って人も、武器の持ち込み禁止とか、ひと言も言ってなかったし」
「まあ、なんでもありってことなんだろうな」
由羅が大して気に留めたふうもない。
ついさっきまでは、ひどく思いつめた目の色をしていたが、戦いを前にして、今はすっかり気分を切り替えているようだ。
「マコトは雑魚だよ。それよりうちは、ユウのほうが気になるな」
「ユウって、あのタナトスの男の子?」
意外な言葉に、杏里は目を見張った。
ユウは見るからに非力そうな少年である。
ある意味、同じ背格好でも、口の達者な重人より、ずっと御しやすそうだ。
「そうさ。だって考えてもみろ。男のタナトスなんて、想像できるかよ? パトスには、柚木やマコトみたいに男がいても、その役割上、そんなに不思議じゃない。でも、相手の性欲や情動を引き出すタナトスは、ふつう女のはずだろう? 杏里、おまえみたいに、見る者の嗜虐心をくすぐる、極めつけに受け身の女こそ、タナトスの理想なんだ。まあ、確かにホモセクシャルな相手に対しては、おまえよりユウのほうが有効ということはあるかもしれない。けど、相手がそうである確率は、かなり低いといっていいと思う」
「あの子にも、何か秘密があるってこと?」
「その可能性は、捨てきれないということさ。あの小さな体で、ユウがヤッコみたいな念動力者ってことも、十分あり得るだろう?」
「それは、そうだけど…」
ふたりが通路のつきあたり、体育館の扉の前に立ったのは、午後7時5分前きっかりだった。
扉は半開きになっていて、中に一歩足を踏み入れると、ぎらつく照明が眼を焼いた。
目の前に開けたのは、中学校の体育館そっくりの空間である。
違うのは、バスケットボールのゴールポストがないことくらいだ。
磨き上げられた木の床。
ずっと先の正面は、ステージになっている。
その中央あたりに、ふたつの人影があった。
コートを着込んだ長身の男と、白いTシャツにジャージのズボンを穿いた小柄な少年。
マコトとユウだった。
「おせっえな。待ちくたびれたぜ」
コートの懐に右手を突っ込んだまま、マコトが声をかけてきた。
「時間ぴったりだろ?」
由羅が言った。
「おまえの間抜け面を見る時間をさ、できるだけ短くしたかったんだ」
「なんだとお?」
マコトが血相を変えた時である。
正面のステージが、明るくなった。
緞帳が上がり、その向こうに姿を現したのは、軍服姿の北条だ。
「そろったな。では、ルールを説明する」
マイクを使わず、北条がよく通る声で話し始めた。
「時間は無制限。どんな手を使ってもよろしい。もちろん、自前の武器の使用も可だ。勝利の条件は、相手をふたりとも殺すこと。パトスだけではない。一般に、不死と言われているタナトスのほうもも殺さねばならない。と、まあ、ルールと言えるのはそんなところだが、何か質問はあるか?」
「けっ、それのどこがルールなんだよ」
マコトが嘲笑った。
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