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第8部 妄執のハーデス
#59 バトルロイヤル⑬
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「誘惑するなよ」
由羅が笑った。
呆れたように目を細め、杏里を見つめ返してくる。
「それに、今はそんな気になれない」
立てた人差し指で、杏里の唇にそっと触れると、
「だって、戦いの前なんだぜ? そういうのは、後の楽しみに取っておかないか?」
ひどく優しい口調で、そう言った。
「でも、これが最後かもしれないんだよ?」
軽くいなされたことに、杏里は納得がいかない。
「明日には私たち、あのふたりみたいに、死んじゃってるかもしれないんだよ?」
由羅の胴着の襟をつかみ、ぐいと顔を引き寄せた。
「死なせるもんか」
杏里の瞳をじっとのぞきこみ、由羅が言う。
「うちも死なないし、もちろんおまえも、死なせはしない」
でも、と杏里は否定的にならざるを得ない。
他の6チームの戦力がわからないのだ。
みんながみんな、ヤッコのような超能力者だったとしら、とても由羅と私に勝ち目はない。
「そろそろ行くか」
唐突に由羅が話題を変えたので、杏里は拍子抜けした。
「行くって、どこへ?」
「もう時間だろ? 食事だよ。4時から食堂が使えるようになるって、あのおっさん、言ってたじゃないか」
そうだった。
昼間のあのオリエンテーション。
衝撃的な発表の後で、事務事項の説明に入った北条は、確かそんなことを話していたようだ。
1回戦の開始は7時から。
4時から食堂を使えるようにしておくので、その間に夕食を済ませるように、と。
「組み合わせの発表もあるはずだし、それに、あのふたりが抜けた後がどうなったかが、気になるんだ」
「どういうこと?」
「1ユニット抜ければ、残りは7チーム。奇数になる。どこかのチームが不戦勝で勝ち上がるのか、あるいは新たなユニットが補充されるのかってことさ」
「私たちが、不戦勝だといいよね」
杏里は由羅の腕にすがりついた。
「そうすれば、余計に仲間を殺さなくて済むもの」
「そんなにうまくはいかないよ」
由羅がまた、笑った。
「とにかく、腹も減ってるだろ? 朝からなんにも食べてないんだからさ」
「食欲なんて、ないよ」
本心から、杏里はそう言った。
1階へ上がれば、放置されているヤッコとユリの死体を否が応でも見ることになるだろう。
そんなところで、食事が喉を通るはずがない。
「食べなきゃだめだ」
由羅が少しきつい声で叱った。
「いいか。杏里は闘わなくてもいい。でも、おまえの治癒力が、勝負の鍵なんだ。おまえのバックアップがあると信じてるからこそ、うちは死ぬ気で戦える。それを忘れてくれるなよ」
「ああ…」
その言葉の意味をかみしめて、ようやくのことで、杏里はうなずいた。
「そうだったね…。由羅の怪我、全部私が治してあげないとね」
美里との融合で、かなり体質が変わってしまっている。
だが、タナトス生来の治癒能力は、むしろ強化されているようだ。
今の杏里にとって、せめてもの救いはそれだけだ。
「頑張るよ、私も」
ああ、でも…。
杏里は、指先で由羅の左手首にはまったリンクをそうっと撫でた。
そして、苦い後悔の念とともに、思った。
せめて、これさえなかったら、もう少しなんとかなったかもしれないのに…。
由羅が笑った。
呆れたように目を細め、杏里を見つめ返してくる。
「それに、今はそんな気になれない」
立てた人差し指で、杏里の唇にそっと触れると、
「だって、戦いの前なんだぜ? そういうのは、後の楽しみに取っておかないか?」
ひどく優しい口調で、そう言った。
「でも、これが最後かもしれないんだよ?」
軽くいなされたことに、杏里は納得がいかない。
「明日には私たち、あのふたりみたいに、死んじゃってるかもしれないんだよ?」
由羅の胴着の襟をつかみ、ぐいと顔を引き寄せた。
「死なせるもんか」
杏里の瞳をじっとのぞきこみ、由羅が言う。
「うちも死なないし、もちろんおまえも、死なせはしない」
でも、と杏里は否定的にならざるを得ない。
他の6チームの戦力がわからないのだ。
みんながみんな、ヤッコのような超能力者だったとしら、とても由羅と私に勝ち目はない。
「そろそろ行くか」
唐突に由羅が話題を変えたので、杏里は拍子抜けした。
「行くって、どこへ?」
「もう時間だろ? 食事だよ。4時から食堂が使えるようになるって、あのおっさん、言ってたじゃないか」
そうだった。
昼間のあのオリエンテーション。
衝撃的な発表の後で、事務事項の説明に入った北条は、確かそんなことを話していたようだ。
1回戦の開始は7時から。
4時から食堂を使えるようにしておくので、その間に夕食を済ませるように、と。
「組み合わせの発表もあるはずだし、それに、あのふたりが抜けた後がどうなったかが、気になるんだ」
「どういうこと?」
「1ユニット抜ければ、残りは7チーム。奇数になる。どこかのチームが不戦勝で勝ち上がるのか、あるいは新たなユニットが補充されるのかってことさ」
「私たちが、不戦勝だといいよね」
杏里は由羅の腕にすがりついた。
「そうすれば、余計に仲間を殺さなくて済むもの」
「そんなにうまくはいかないよ」
由羅がまた、笑った。
「とにかく、腹も減ってるだろ? 朝からなんにも食べてないんだからさ」
「食欲なんて、ないよ」
本心から、杏里はそう言った。
1階へ上がれば、放置されているヤッコとユリの死体を否が応でも見ることになるだろう。
そんなところで、食事が喉を通るはずがない。
「食べなきゃだめだ」
由羅が少しきつい声で叱った。
「いいか。杏里は闘わなくてもいい。でも、おまえの治癒力が、勝負の鍵なんだ。おまえのバックアップがあると信じてるからこそ、うちは死ぬ気で戦える。それを忘れてくれるなよ」
「ああ…」
その言葉の意味をかみしめて、ようやくのことで、杏里はうなずいた。
「そうだったね…。由羅の怪我、全部私が治してあげないとね」
美里との融合で、かなり体質が変わってしまっている。
だが、タナトス生来の治癒能力は、むしろ強化されているようだ。
今の杏里にとって、せめてもの救いはそれだけだ。
「頑張るよ、私も」
ああ、でも…。
杏里は、指先で由羅の左手首にはまったリンクをそうっと撫でた。
そして、苦い後悔の念とともに、思った。
せめて、これさえなかったら、もう少しなんとかなったかもしれないのに…。
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