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第8部 妄執のハーデス

#12 豚女の虜囚①

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「かわいいい顔して、ひどいこと言うのね」

 ふみが言った。

 肉に埋もれた糸のように細い目に、悲しそうな色が宿った。

「だって」

 杏里は顔を背けるようにして、言い募った。

「あんた、キモいんだもの」

「き、もい…?」

 歯に衣着せぬストレートな悪態に、ふみは明らかに傷ついたようだった。

「それ、あたしのこと? ふみのこと、言ってるの?」

 信じられぬといったふうに、声を震わせている。

「他に誰がいるっていうの? ぶくぶく太って、なのに変な下着つけて、みっともないったらありゃしない」

 人を外見で判断してはいけない。

 杏里とて、それくらいの常識は持ち合わせている。

 しかし、それにも限度がある。

 ふみを見て、そう思った。

 かつて杏里を拉致した半外来種の呉秀樹も、それから、本性を現した美里も、ともに異形の者だった。

 しかし、視覚的に感じる嫌悪感は、ふつうの人間であるはずのふみのほうが強かった。

 どうしてこの子、こんなふうなんだろう?

 誰がここまで放置しておいたのだ?

 いけない。

 私、ひどいこと考えてる。

 そう思いながらも、虫唾が走るのを止められない。

 どこかで聞くか読んだ一節を思い出した。

 人間の価値は、所詮、第一印象で決まるのだ。

 いくらその人物が高潔な心を持っていようとも、第一印象が悪ければ、誰もそれ以上その人物のことを知ろうとはしない。

 深くつき合おうとは、はなから思いもしないのだ。

 ふみも同じである。

 ふみがどんなに心優しい子だとしても、この外見はいただけない。

 ふみの良さを知る前に、こちらの五感が拒否反応を起こしてしまう。

「ねえ、璃子お、聞いた?」

 ふみが泣き声を上げた。

「こいつ、ひどいこと言ってるよ? 今までふみ、そんなこと、言われたことないのに。みんな、ふみのこと、可愛いねって言ってくれるのに」

 それは、ただ、あんたが怖いから。

 そう思ったが、さすがに口に出すのはやめておいた。

 悪口を言い出すと、歯止めが効かなくなりそうだったからである。

「だか言ったろ? そいつはふみが思ってるみたいな天使じゃないんだよ。腹の底では何考えてるかわからない、悪魔みたいなやつなのさ。だいたい、ふみのことを悪く言うやつに、ろくな人間はいないんだ。おまえはもっと怒るべきだ。言われっ放しじゃ、悲しいだろ?」

 真顔で璃子がふみに言う。

「そうだよね。あたし、怒っていいんだよね」

 ふみが杏里に目を向けた。

 泣き腫らした細い眼に、険悪な光がともっている。

 丸々太った、ボンレスハムのような手が伸びてきた。

 太り過ぎた芋虫のような指が、杏里のむき出しの乳房をつかんだ。

 愛撫などという生易しいものではなかった。

「いや! やめて!」

 乳房を千切れるほどねじられ、杏里は悲鳴を上げた。

 痛い。

 痛くてたまらない。

 激痛が、肩の筋肉まで走ったのだ。

「おまえなんか、こうしてやる! あたしを虐めた罰だ!」

 杏里の片手で乳房をひねり上げたまま、だしぬけにふみの巨体がのしかかってきた。

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